ズルくてもいいから抱きしめて。
あの後、慎二にひたすら話を聞いてもらい、打ち合わせの報告をするために一旦会社に戻ることにした。

「ただいま戻りました。」

企画編集部のフロアに入ると、定時を過ぎていたので残っている人はほとんど居なかった。

自分のデスクで作業していると、樹さんがフロアに入ってきた。

「おかえり。、、、あれ?お前、目が腫れて赤くなってないか?」

「えっ?そうですか?気のせいじゃないですか?」

あれだけ泣いたんだから、誰が見ても分かるほど私の目は腫れていた。

でも、慎二の前で泣いてしまったことや、その理由を樹さんには話せない。

バレバレだとは分かっていても、今の私には誤魔化す以外の方法が思い付かなかった。

「そっか、、、それなら良いけど。」

樹さんは、それ以上追求することはなかった。

「あの、私ちょっと休憩がてら飲み物買ってきますね!」

これ以上樹さんと一緒にいるとボロが出てしまいそうで、私は逃げるようにして樹さんのそばから離れた。



「あれ?神崎さんお疲れ様!」

自動販売機で飲み物を買っていると、後ろから橋田さんに声を掛けられた。

「橋田さん、お疲れ様です。」

「今から休憩?私もちょうどコーヒー買いに来たから、良かったら座って話さない?」

橋田さんはそう言って、近くにあるカフェスペースへと私を誘導した。

「神崎さんって、天城君と仲良いよね?」

「えっ?まぁ、そうですね。以前は私の教育係でしたし、今は直属の上司と部下ですからね。」

突然樹さんの話を振られ、内心すごく焦ったけれど、私はそれを悟られないように何とか冷静に対応した。

「私ね、天城君に告白したの。でも、振られちゃった。大切にしたい人がいるんだって、、、あの仕事バカの天城君が好きになる子って、どんな子なんだろうね?」

そう言って私を見る橋田さんの目はとても真剣で、もうこれ以上は誤魔化せないと思った。

「あっ!橋田さんいた!休憩中すみません!ちょっと聞きたいことがあって〜」

カフェスペースの少し先の方で、橋田さんを呼ぶ声がした。

「はいは〜い!すぐ行きます!神崎さん、ごめんね。私もう行かなきゃ!」

そう言って橋田さんは足早に去って行った。

助かった、、、

私、橋田さんに何を話そうとしたんだろう?

樹さんと付き合ってるのは自分だと、自信を持って言えないくせに、、、
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