アクマの果実
「ねえ、秌場くん。」

「はい。」

「やっぱり、私のこと食べて。」

「...河津さん。」

...。

「どんな味がする?」

「あまずっぱくて、たまらない味です。」

「もっと、たべて。」

「河津さん...、
だめですよ。これは誰かのことを大切に思う気持ちでしょう?
大切な人に分けてあげてください。」

「...秌場くんのばか。
見てよ、これ。」

「...真っ赤で、綺麗な色ですね。」

「秌場くんがいけないんだよ。
秌場くんが私をこうさせたんだから。」

「河津さん、泣かないでください。
寂しいですか?」

「寂しい。
抱きしめてよ、秌場くん。」

ぎゅっと抱きしめてくれる。

私の気持ちは伝わってるのかな。

「河津さんの気持ちを、僕が全部食べちゃったら、それで楽になってくれますか。」

「秌場くんはそれを食べて何も思わないの?」

「...思っちゃいけないんです。
僕は人間ではないから。

独り占めしたいなんて。
例えそれが僕のものじゃないとしても。
ほんとうは僕のものにしたい。」

「それって...。」

「僕は、河津さんと出会ってから初めてこの気持ちを知りました。この満たすようで空いてしまう、複雑な気持ちの正体を。

今だけですから、明日にはどうぞ忘れてくださいね。」

「,..やだ、忘れたくない。」

「全部残さず食べちゃいますから、そうしたら忘れられますよ、きっと。」

「...。」

嫌。

いやだ。

でも、もしそれが本当なら。

秌場くんを想う気持ちが消え去ってしまうなら。

それはそれで楽になれるのかもしれない。

それが彼の優しさなのかもしれない。

だから。

「ゆな、だいすき。」

今は、彼に身を委ねよう。
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