今宵、キミが砕け散る


 俺の知る、母親の姿さえ、無くなってしまった。


 「う、うん。帰ってきたよ」


 控えめに笑うと、お母さんは舌打ちをした。


 「私、そろそろ行くから。夕飯はコンビニとかで適当に済ませて」


 真っ赤なリップ。


 胸元の開いた、露出の激しい服。


 「お金はそこに置いてあるでしょ」


 何をしているのかなんて、わからない歳ではなかった。


 それが悪いことだなんて思わない。


 ただちょっと、こんなのが母親なんて……と、一瞬でもそう思ってしまった自分を後ろめたくなって、目を合わせられなくなった。


 「いって、らっしゃい」


 それがお母さんの生き甲斐なんだと知った。


 だから俺は、こうして引き止めるわけでもなく見送りの言葉を紡いだ。

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