シニアトポスト





「できたよ、藍ちゃん」



目頭が熱くなってきた頃、そう言ってマスターは、コト…と見慣れたオムライスが乗ったお皿を差し出した。大好きな香りがあたしを包み込む。

「いただきます」顔の前で手を合わせ、あたしはさっそくオムライスを口に運んだ。



口の中でとろける半熟の卵と、絡まり合うチキンライスと特製のデミグラスソース。春野くんと付き合い始めてからは、どうしてもこのオムライスを食べさせてあげたくて頻繁に彼と一緒にこの喫茶店を訪れていた。



「春野くんに同じ味の手料理食べさせてあげたいと思ったときにはいつでも私に聞いてきていいよ」



いつだかマスターはあたしにそう言ってくれたけれど、「藍に作らせたら家が火事になっちゃうんで」と、春野くんは悪戯っぽい笑みを浮かべ、マスターとあたしを交互に見ていうものだから、結局一度も彼にあたしの手料理を食べさせてあげることはなかった。


春野くんの困った顔は好きだけど、火事になるのは怖かったから。




「…春野くんに会いたいなあ…」




ぽろり。無意識に零れた言葉と 連なるようにあふれた涙は、彼にもう会えないことを実感するには十分すぎるものだ。


会いたい。

会って、ぎゅってして、キスして、同じ布団で眠りたい。



だけどもう、ぜんぶできない。



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