シニアトポスト
「マスター、それって私も出せますか?」
「もちろんさ。ただ、3つの条件がある。…少々厄介な条件が」
「…厄介?」
マスターに問うと、マスターは少しだけ表情を曇らせた。
「厄介な条件」を本当に厄介だと思っていそうな、そんな顔。
「1つ目は、手紙の内容を公言しないこと。2つ目は、生年月日と名前と性別を間違いのないように書くこと。…と、ここまではまだいいんだけどね」
「……、3つ目は?」
マスターが3本目の指を立てる。
ごくりと生唾を飲み込んで、私はマスターの言葉を待つ。喫茶店の静けさが、少しだけ緊張感を含んでいる。
「…記憶が、きえる」
「…え?」
「この喫茶店に関わる全ての出来事と、手紙の差出人と宛先人の2人とって大切だった思い出の記憶が───消えてしまうんだよ」
ため息をついたマスターが湯気が薄れた珈琲に口をつけた。
そんな様子を見ながら私は、正直「そんなに厄介なことかな?」と思ってしまう。
すると、私の表情からそれを読み取ったのか、マスターは困ったように眉を下げて笑った。
「そんなこと?と言いたげだね」
「…、ごめんなさい。でも、そう思っちゃった。思い出なんてたくさんあって、…もちろん全部残しておきたいけど。伝えたいことを届ける代償ならそのくらいどうってことないんじゃないのかなって」