シニアトポスト
「…それってどういうことですか?」
「記憶が消えて辛いのは“手紙を書く側”じゃない」
「え?」
「私の方さ。この条件は、“手紙を届ける側”に向けられた試練みたいなものなんだ」
───“手紙を書く側”と“手紙を届ける側”
“君たち”が前者で、“私”───つまりマスターは、後者。
脳内が一気にハテナで埋め尽くされる。
「現実主義の君に先に言っておこうか」
「…、え?」
「私は一度死んでいる。莉央ちゃん、…君がみている私は───幻のようなものさ」
ふらりと寄ったこの喫茶店は、あまりにも非現実的で溢れていた。
「幻…と言うにはぜいたくすぎる条件なんだけどね」
「…えっと、ごめんなさい、全然わからない」
「はは。いいんだよ。それが普通の反応さ」
何を言っていいかわからなかった。
マスターは一度死んでいる?
つまり、今私と話しているマスターは幻?
どれをとっても、すぐに理解できるものではない。
「この話を誰かにするのは初めてなんだがね。少しだけ、私の昔話に付き合ってくれるかい?」
───温かい珈琲でも飲みながら、
そう付け足したマスターが、私の前に新しい珈琲を差し出した。飲んでいた珈琲はもう湯気はすっかり冷めてしまっていたからかもしれない。
「この喫茶店は、生きていたころに妻と営んでいた大切な場所なんだ」
カップから逃げていく白い風邪が、やけに綺麗だった。