シニアトポスト
死後の世界にいるマスターに手紙を書いたら、私はマスターのことを忘れないという保証はないのかもしれない。
だけど、喫茶店での思い出は忘れても手紙を出したことさえ覚えていられれば。
私が手紙を書いたのはマスターなのだと忘れなければ。
現実の世界に、マスターと私が関わったという証拠が一つでもあれば───…
「莉央ちゃん、…気持ちは嬉しいけど、」
「っどうしてですか!」
どうして、こんなにたくさんの人の未来を救ってきたマスター1人の未来を、私は救えないんだろう。たった一人との思い出すら、私は覚えていられないんだろう。
マスターの過去に同情したわけじゃない。そんな言葉じゃ収まらないのに、私とマスターは同じだなんて、…私は、マスターみたいにはなれないのに。
「…っ、マスターを忘れるくらいなら、私は…莉乃に手紙は書かない、」
もう、だれかに助けてばかりの私ではいたくなかった。
たとえマスターと私が共有した時間がたった数十分しかなかったとしても、私の眠った声を起こしてくれたのは他の誰でもないマスターだ。
マスターを忘れてしまったら、私はまた莉乃に届けそびれた本当の気持ちを忘れてしまうかもしれない。捻くれた私のまま、また後悔から逃れようとするかもしれない。
「…マスターに手紙を出しても、…私はマスターを忘れちゃいますか…?」
ねえ、どうしたら。
どうしたら、私はマスターを忘れずに済むのかな。
「…莉央ちゃん。顔を上げてくれないか」
俯いた私にマスターが言った。その声につられるように顔を上げる。
視界に映ったマスターは───ぽろぽろと涙を流していた。