シニアトポスト
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莉乃が死んでから、もう何年が経っただろう。
あれから私は社会人になって、毎日仕事に追われる日々を過ごしている。前よりは実家に顔を見せるようになった。人見知りも克服し、大学の時の彼氏とは今も関係を保つことができている。
あの手紙は、莉乃のもとへ届いただろうか。
───マスターは、どこで何をしているだろうか。
人が行き交う交差点を抜け、家までの歩みを進める。お腹が空いて、意識せずともどこかから香るいい匂いにつられそうになる。
そういえば、マスターの営む喫茶店のご飯の味はどんなのだったっけ。
あれから何年か経った今でも、私はマスターに手紙を出したことを忘れてはいなかった。
喫茶店の場所はあの時に念のためメモしておいた地図があり、過去に一度喫茶店を訪れたことがあった。地図で記されたそこには、たくさんの草木に覆われた建物があり、それがマスターのいた喫茶店であることを理解するには少し時間を使ってしまった。
喫茶店は2年ほど前に閉店になったらしい。
草木に覆われた入り口には、ボロボロの看板が立てかけてあり、“close”の文字が書かれてあった。
マスターがもうこの世にいないということを察するには十分すぎる証拠だった。
私はマスターをまだ忘れてはいないから、喫茶店そのものの存在は『経営者が死んでしまい閉店することになった喫茶店』として残り続けているのだと思う。
マスターは戻ったんだ、死後(あっち)の世界に。
元の世界に戻って、家で珈琲を淹れて本でも読んでいるかもしれない。
いつか私がそっちの世界に行ったとき、あの頃はこうだったんだよって、シニアトポストは、確かに未来を運んできてくれたよって、───笑って話すことができるならそれでいい。
家に帰ったら、昨日作ったカレーを温めて食べよう。
明日は休みだし、珈琲を淹れてゆっくり映画でも見よう。
昼前に起きることができたら、久しぶりに一人で買い物にでも行こう。
どうか、明日も同じように平和な朝を迎えられますように。
当たり前ではない未来を願って、私は家へと続く道を歩いた。