ブラインドネス・シンドローム
ただその安心感は次の戸上先生の一言で、感情を狂わせた。
「この診療所だと入院できる場所が確保できないんだけど、その代わりと言ってはあれなんだけど、この診療所の上の階は僕の家になってるからこれからそこで生活してね」
「えっ?!」
「目が見えないから色々大変だろうから、ちゃんと三食付くよ。あと洗濯も」
問題点はそこではないということに気づかず戸上先生は、細々としたことを説明し始めるが、思わず立ち上がり影を頼りに戸上先生に触れる。
「ま、待って下さい。見知らぬ人間をそんな簡単に家に上げるなんてことしちゃいけないと思うんです」
「見知らぬ人って言っても、千鶴さんは助けを求めてる人だよ。そんな人を放っておくなんて方がひどい話だと僕は思うけど」
「でっでも……」
異性とのお付き合いがないわけではないが、そこまで男性に免疫があるかと言ったらもちろん答えはノーだ。
まともに恋人と付き合った経験が少ない私に、その無理難題をどう対処していいのか分からない。
戸上先生は入院という言葉を使ってはいるものの、傍から見たらただの同居にしかすぎない。
恋人ともそんなことはして来ていない私にとっては、はちゃめちゃに同居という言葉が恥ずかしく思えてしまう。
でも確かに言えることは、先生は私を一人の患者として面倒を見ようとしてくれている、それだけは確かだ。
「研究ばかりしてるから患者も中々来ないし、看護師もいない廃れた診療所かもしれないけど、僕がしっかりと責任を持つからさ」
安心させるかのようにゆったりと答えてくれる戸上先生に、私は少しでも迷惑をかけないようにしようと決意し、もう一度先生に向かって頭を下げた。
「早く治るように頑張るので、宜しくお願いします」
「うん。一緒に頑張ろう」
ぽんと一つ頭を撫でられて心臓が跳ね上がるが、ここは何も反応していない風を装った。
ここで戸上先生を異性と意識してしまえば、今後の生活が危うくなってしまうのが目に見える。
ただ私はひたすらこの病気を治すため、そして戸上先生は今後の同じような患者を診た時の対応方法を得るためにお互いが必要な関係でそこを分かって生活していくのだ。
こうして、私の非現実的な生活が戸上先生と一緒に始まった。