ブラインドネス・シンドローム
どんな間取りでここでどんな生活を先生が送っているのかは分からないけれど、想像するのだけはできるから少しだけ楽しくなる。
「先生、私に何かお手伝いできることがありますか?」
「君は患者だよ?そんな何かをさせることはない……って言いたいけれど、何かやってないと落ち着かないよね」
「いつもなら朝起きたらすぐ出勤して仕事してるので」
「そういうのを社畜っていうんだよ」
「そういう先生も朝起きてすぐに私の面倒見てるので、社畜ですね」
冗談を軽く投げると先生は一つ笑って、ちょっと待っててと声を掛け扉を開ける音が聞こえてきた。
そうして再び足音が聞こえてきたかと思えば、目の前に何かを置く音を耳が拾った。
「今、千鶴さんの前にノートパソコンを置いたんだけど、文字の入力って出来るかな」
「できると思います」
目の前にあるというノートパソコンに触れようと手を伸ばすけれど、手に触れるはずの感覚が中々掴めないでいると先生の手が私の手のひらに触れた。
少し冷たく長い指が導いた先にあったのはノートパソコンのキーボードで、頭に叩き込まれている文字の配列にそってキーボードを撫でた。
「じゃあ、後で少し手伝ってもらおうかな。お願いしてもいい?」
「喜んで。あ、でもその前に顔とか洗いたいんですけど」
「いいよ。じゃあこっち」
優しく触れた先生の手のひらが私の手を掴んで、歩調を合わせながら洗面所へと誘導してくれた。
「歯ブラシも新しいの用意してあるし、それも使って構わないから」
「ありがとうございます」
「一応いつ患者が来るか分からないから、準備できるものは普段から準備してあるんだ」
先生のサポートに甘えつつ、私はある程度の身支度を整えて先生に頼まれた仕事を手伝うべく姿勢を伸ばした。