青春ゲシュタルト崩壊
朝比奈くんが連れてきてくれた寄り道は、小学校の近くにある駄菓子屋さんだった。
昔はよくお小遣いをポケットに入れて、友達とここに駄菓子を買いに来ていた。
建て付けの悪い引き戸を開けると、畳の独特な匂いと、古くなった木の香りが鼻腔いっぱいに広がる。
薄暗いお店の中には、裸電球が天井にぶら下がっていて、ガラス製の冷蔵庫の稼働音が静かな店内に響いていた。
懐かしさが胸に広がって、立ち止まる。ここへきたのは小学生以来だ。
「いらっしゃい」
昔よりも腰が曲がったように見える駄菓子屋のおばちゃんが、畳の上に正座をしてこちらに微笑みかけてくる。
「あら、聖くんいらっしゃい」
「よっ、ばあちゃん」
どうやら朝比奈くんは駄菓子屋のおばちゃんに顔を覚えられているらしく、親しげだ。
「今日は祈くんと一緒じゃないのね」
「あいつは大学の課題で最近忙しいんだと」
〝祈くん〟とは誰だろう。大学ということは私たちよりも年上の人だ。小学校か中学校のときの先輩の誰かだろうか。
「そういえばもう大学生なのねぇ。あら? 聖くんの彼女?」
「ちげーよ。同じ小学校だった間宮」
軽く頭を下げると、おばちゃんが嬉しそうに目を細めた。それにしても、朝比奈くんは誰にでも平常運転で口が悪いみたいだ。
「それじゃあ、久しぶりにここに来てくれたのかしら」
「小学生以来です」
「まあ、そうなのね。ゆっくりしていってね」
小さなカゴを朝比奈くんに渡されて、後を追うように一緒に店内を見て回る。
ラムネ味のグミに金塊の箱に入ったチョコレート。スティック状になっている色とりどりのフルーツゼリー。思い出に残っている駄菓子ばかりで心が躍る。
「朝比奈くんはなに買うの?」
「必ずいつも買ってるのは、メダルチョコだな」
「わ、懐かしい! 私も昔好きだった!」
金色の包み紙でメダルの形をしたチョコレートは、五枚セットで赤い網に入って売られている。私もそれを買い物カゴに入れた。
「あ、これも好き!」
「ねりあめか。俺もそれ昔よく食ったな」
ピンクや黄色、黄緑などの色の種類があるねりあめは、割り箸とセットで細長い袋に入れられている。友達と小学生の頃に色違いを買って、よく一緒に食べていた。
「俺もこれ買お」
「朝比奈くんが黄緑なら、私は黄色にしよーっと」
「色違っても味一緒じゃねーの?」
「気分の問題だよ」
呆れたように苦笑する朝比奈くんは「よくわかんねぇな」と言いながら、私の手から黄色のねりあめを奪い取って、何故か自分のカゴの中に入れる。
「黄色も買うの?」
「強引に連れてきたから、これは俺の奢り」
「え、でも」
「うっせー」
それ以上は聞く気はない様子で朝比奈くんは私に背を向けてしまう。
「ありがとう。次は私が奢るね!」
「これくらい別にいいけど」
「私がそうしたいの!」
「あっそ」
次なんていつくるのかわからない。叶わないかもしれない。
それでもまた朝比奈くんとこの駄菓子屋に来ることができるかもしれないと思うと、笑みが溢れた。
気づけば、朝比奈くんの前ではいつのまにか私は自分の意見をちゃんと言えるようになっている。私は物事を深刻に考えすぎていただけで、このままいけば青年期失顔症もすぐに治る気がした。