青春ゲシュタルト崩壊
てっきり部内の人間とのトラブルだと思っていた。
そういう噂が私たちの学年の間に流れていて、自ら揉めて退部をしたと言っていた人もいれば、それとも殴り合いの喧嘩をして退部させられたと言っていた人もいた。
「あー……髪色は、部活やめたことに関して周りがうるせーから、ただの反発」
「そういう理由だったの?」
「なんの理由だと思ってたんだよ」
「悪い先輩たちとつるみ出したからか髪染め出したのかと思った」
部活を辞めてから徐々に朝比奈くんがつるむ人が変わっていって、サッカー部のいわゆる爽やか系グループではなくなった。
見た目が派手で授業をサボったり、先生と衝突しているような人たちと一緒にいるのをよく見かけるようになったのだ。
だから周りに影響を受けて、朝比奈くんも派手になったのだと思っていた。
「先輩たちに声かけられるようになったのは、髪派手にし始めてから」
「そうだったんだ。……誤解してた」
「それに別に先輩たちは悪い人じゃねぇし、むしろみんな色々悩み抱えてた」
当時朝比奈くんが一緒にいた先輩たちの名前は知らない。けれど見た目はなんとなく覚えている。
髪色が奇抜で近寄り難くて、怖そうで気が強そうな人たちに見えた。きっとそれは私が表面上しか知らないからなのだろう。
「人と一緒ってことに悩むやつもいれば、人と違うことで悩むやつもいるから」
私の場合は、きっと前者だ。集団行動の中で人と一緒であるべきだと思い、そうなるように過ごしてきた。
けれど、無理をして合わせてきたことを自覚してしまい、矛盾という綻びが生じてしまった。
「でもまあ、今では俺らの中で笑い話だけどな。みんな元気にやってるし、今もよく会ってる」
「……私も笑い話にできるかな」
「いや、別に笑い話にする必要なんてねぇけど、自分の中で区切りっつーか、過去として受け入れられればいいんじゃねぇの」
指先で頬に触れてみる。感触はいつもと変わらない。私にだけ、自分が見えなくなっている。いつ私にとって過去になるのだろう。
ひょっとしたらもう治っているんじゃないか。
そんな期待を抱いて、休み時間のたびにトイレに行って鏡で顔を確認していた。けれど毎回鏡に映る私の顔にはなにもない。
気が狂いそうなほどの絶望と焦燥感に駆られて、現実から背を向けてしまいたかった。でも今こうして私がここにいるのは、青年期失顔症だということを知っている朝比奈くんがいてくれたからだ。
「私のこと気にかけてくれるのは、従兄のことがあったから?」
「ちょっと似てたから。あいつと間宮。周りに頼られて押しつぶされたところとか」
どうしてこんなにも気にかけてくれるのか不思議だったけれど、従兄の話を聞いて納得した。
彼が詳しかったのも、声をかけてくれたのも、過去の経験があったからこそなのだろう。
「朝比奈くん、ありがとう」
「なにが」
「私のこと、助けてくれて」
「……別に」
倒れて保健室まで運んでくれたこと、割れた鏡を片付けてくれたこと。そして、こうして気にかけてくれていること。
もしもひとりで抱えていたのなら、心はとっくに壊れてしまっていたかもしれない。