青春ゲシュタルト崩壊



 その夜、朝比奈くん宛にメッセージを送った。

『朝比奈くんへ。思い出した好きなものを書きます。藤水堂のあんこ、駄菓子屋さんにあるメダルチョコ。ねりあめ。以上です』


 好きなことをノートに書くといいと教えてもらったけれど、ひとりでノートに書くよりも、誰かに報告がしたかった。
 きっと朝比奈くんにとっては迷惑でしかないだろうし、返信はこないかもしれない。


 数分後、携帯電話のディスプレイに浮かぶメッセージに気づき、開いてみると朝比奈くんからだった。


『俺はノートでもメモ帳でもねぇんだよ。ノート買え。あと藤水堂のあんこは美味い』

 迷惑そうにしつつも私の書いた内容に反応してくれるのがおもしろくて、画面を見つめながら笑ってしまう。
 そういえば、もうひとつ好きなものがあったことを思い出して、指先で文字を打っていく。


『追伸、もうひとつありました。朝比奈くんの自転車の後ろは結構好きです』

 するとすぐに返信が来た。

『法律違反なので、乗せるのは今日限りです』
『共犯でしょ』
『うっせー、寝る』

 最後に『おやすみ』と送って、携帯電話を枕元に置く。
 ベッドに寝転がり、指先で顔の形を確かめるように触れてみる。意識的に動かしてみれば、触れている唇はちゃんと口角が上がっているのがわかった。


 体を横に倒すと、机の上に飾られている写真立てが目に留まる。

 中学校の卒業記念として、友達とテーマパークに遊びに行ったときに撮ったものだ。楽しげに笑っている三人の友達と顔のない私。鏡に映らないだけではなく、写真や私自身の記憶からも顔が消えている。

 こうしてひとりで考えていると、暗く冷たい沼につまさきからじわじわと飲み込まれていくような恐怖に侵食されていく。
 精神が不安定になるたびに自分を見失い、心が何度も振り出しに戻る。けれど、先ほどの朝比奈くんとのメッセージのやりとりを思い出すと、辛うじて自分が見える。

 だからこそ、好きなことを書くノートというのは効果的なのかもしれない。


 私は、藤水堂のあんこが好物で、駄菓子屋さんにあるメダルチョコとねりあめを久しぶりに食べて好きだと思った。そして、朝比奈くんの自転車の後ろに乗りながら、たくさん笑ったり騒いだ。


 今日の出来事は、まるで夢の中で起こったようなことばかりで現実味がない。


「でも……楽しかった」

 朝比奈くんと過ごした放課後を思い返しながら、私はそっと目を閉じて眠りについた。




< 23 / 72 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop