青春ゲシュタルト崩壊





 翌日は朝から雨が降っていた。
 家を出る直前、傘を手に取ると玄関に備え付けられている鏡に私が映る。

 今日も私の顔はなかった。


 扉を開けて外へ出ると、昨日の晴れた空が嘘のように分厚く灰色に濁った雲が空を覆っている。まるで夕方のように薄暗く、暗澹とした気持ちになった。

 細い雨が斜めに降り、傘の合間から顔が濡れていく。
 昨日は体調不良で休むことができたけれど、さすがに今日は部活に出ないといけない。

 漏れそうになるため息を飲み込むと、胸の奥の方でなにかが軋んだ気がした。


 教室へ着くと、いつも通り仲の良いクラスの女子たちと挨拶を交わす。同じクラスにはバスケ部の子がいないため、体調のことを聞いてくる人は誰もいない。


 ちらりと窓側の一番前の席を見やると、まだ空席だった。

 朝比奈くんは一限をサボる気だろうか。朝が弱いのかいないことが多い。



「朝葉〜!」

 突然大きな声で呼ばれて、びくりと肩が震えた。振り向くと、教室のドアのところに女子バスケ部の面々が並んでいる。他クラスの女子が五人で教室に入ってきたため、一気に視線がこちらに集まり、落ち着かない。


「体調大丈夫〜?」
「きのう部活休んだから、心配したよ」
「今日は来るでしょ?」
「聞いてよ! 昨日朝葉休んだから、まじで大変だったんだよ。」
「佑香先輩が代わりに杏里のことばっかり責めてたんだから!」

 矢継ぎ早に大きな声で話されて、私は笑みを浮かべながら曖昧に答えるのが精一杯だった。クラスの人たちに聞かれていてもお構いなしだ。

 私が部活に来なかったことに対してや、先輩たちの文句など、話したいことは山ほどあるようだった。


「てか、朝比奈くんいないの?」

 ひとりの子にそう聞かれて、反射的に杏里に視線を向ける。杏里は両手を合わせて苦笑した。おそらくうっかり話してしまったということなのだろう。

「朝比奈くんと席遠いんだ?」
「うん、近くになったことないよ」
「じゃあ、どういう繋がりで仲良くなったの?」


 ……どうして。そんなこと聞いてなにになるの。

 普段なら笑ってかわせていたと思う。けれど、今日は酷く心が揺れて鳩尾あたりに鈍い痛みが走る。


「朝葉?」

 なにか言わなくちゃ。うまくこの場を乗り切らないと不審に思われてしまう。変に勘ぐられてしまうかもしれないし、関係にヒビが入るかもしれない。


 でも——どうして、私はそんなことまで気にしているのだろう。
 嫌なことを口から出さないようにと必死に嚥下して、我慢して笑って壊れた。


 そんな私に誰も気づかない。







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