青春ゲシュタルト崩壊

 その後、叶ちゃん先生が桑野先生と話をしてくれたおかげで、一旦私は休部ということで落ち着いたと朝比奈くん経由で連絡が来た。

 親にはまだ言えていない。休部に反対されていたため、知られたらなんて言われるかわからない。理由を聞かれる可能性だってある。


「朝葉、体育着洗っておいたわよ」

 翌朝、リビングで渡された洗い立ての体育着を抱えて、立ち尽くす。朝食のお皿を用意していたお母さんが振り返り、首を傾げる。


「どうしたの?」

 お母さんは厳しい人で、小学校低学年の頃に友達と喧嘩をして学校へ行きたくないと泣いたときも〝そんな理由で休むのはダメ〟と叱られた。心の問題よりも、後の進路に影響するかもしれない皆勤賞を重視していた。

 部活も就職に影響する場合があるから絶対に入るようにと、中学でも高校でも言われていた。だからきっと、現状を知ったらすぐにカウンセリングに連れて行かれる。そしてカウンセリングに通いながら部活へ行かされるだろう。


「なんでもないよ」

 笑みを浮かべて答えると、お母さんが私の頭を軽く撫でた。


「早く顔洗いなさい」

 お母さんのことは好きだ。
  だけど、お母さんは口癖のように言う。

 〝お兄ちゃんを自由に育てすぎた〟

 自由にさせすぎたからお兄ちゃんは大学ではなく専門学校へ行き、フリーターになった。あなたはお兄ちゃんみたいにならないために、いい成績をとっていい大学へ行って、いい会社に就職をしなさい。

 いつもそう言っている。


 でもお母さん。それは幸せなの?
 お兄ちゃんは幸せじゃないの?

 人の幸せって、誰が決めるのだろう。


 私は私で、お兄ちゃんはお兄ちゃん。わかってほしいけれど、おそらく言っても伝わらない気がした。








 学校へ行くと、クラスではいつも通りの日常だった。
 きっと誰も部活でのことは聞いていないのだと思う。けれどいつもと違うのは、バスケ部の人たちは誰ひとり私を訪ねてこなかった。

 いつもなら教科書や辞書を借りにくることが多い。そして部活の先輩たちの愚痴やクラスの女子たちの噂話などを、ついでのように私に零していた。


 裏でなにか言われているかもしれない。その不安が頭に過るけれど、普段よりも私の心は平穏だった。




 その日の放課後、私はお礼を言うために朝比奈くんと保健室へと行った。


「いらっしゃい」

 そう言って迎えてくれる叶ちゃん先生の笑顔は、心にほっと明かりが灯るような暖かさだった。
 パイプ椅子を設置して昨日と同じ場所に座り、パソコン作業をしている叶ちゃん先生に向かって頭を下げる。

「休部の件、ありがとうございました」
「いいのよ。私こそ、聖と仲良くしてくれて嬉しいもの」

 聖、そう呼ぶ人が周りにいないため少し違和感を覚える。
 朝比奈くんは小学校の頃から、〝朝比奈〟と呼ばれていたため、聖と呼んでいる人がいなかった。


「仲良くねぇよ」
「照れないの」
「ちっげぇよ!」

 不服そうに眉を寄せる朝比奈くんに、叶ちゃん先生がからかうような口調で返している。
 ふたりのやりとりを見て、改めて従姉弟なのだなと実感した。私の視線に気づいた叶ちゃん先生が口角を上げる。


「聖から私たちのこと聞いたのよね?」





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