青春ゲシュタルト崩壊
中条さんは、人よりも秀でた特技や継続できる趣味がなく、ずっと欲していた。そしてそれを持っている周囲がうらやましかったそうだ。
「妹がいるんですけど、水泳やっていてかなり実力があるらしくて、大会とかでも優勝しているんですよね。だけど私は、あまり好きじゃないというか窮屈に思えて、途中で水泳辞めちゃったんです」
だからこそ、中条さんは妹のようになにかに夢中になりたかったらしい。
図書委員だった中条さんは、先輩から趣味を見つけるなら、まずは色々な系統の本を読みあさってみたらどうかと勧められたのだそうだ。
「だけど、本をたくさん読んでいくうちに、自分がどんなふうになりたいのかわからなくなりました。元気に見られたいはずだったのに、それも嫌になってきて、迷走しちゃって……毎回先輩に相談をするたびに、私ってなにがしたいのかがますますわからなくなっていきました」
そんなときに相談をしていた先輩に一度妹さんと話してみたらどうかと勧められたらしい。
身近な存在のほうが中条さんのことをきっと理解してくれているはずだと言われ、妹さんに悩みを打ち明けたところ、返ってきた言葉は——
〝楽して生きてるお姉ちゃんが羨ましい〟
「練習ばかりで辛かった妹なりの、叫びみたいなものだったんだと思うけど、妹を羨ましいと思っていた私にとって、すごく衝撃的でした」
それから妹さんとはギクシャクし、両親からはちゃんと自分のしたいことを見つけろと言われてしまったらしい。
ますます本を貪り、本の中の登場人物に感情移入を繰り返す。けれど読み終わった後に、現実世界の自分を見つめて、酷く落胆してしまうらしい。
「そんなこをしているうちに、自分の顔が認識できなくなっちゃったんです」
「……今も、本を読みあさってるってことだよね」
「さっき話した通り、私って矛盾だらけなんですよ。キャラ付けされるのが不満なくせに、本の中のキャラクターに救いを求めていました」
矛盾を抱えてばかりの生身の人間よりも、創作上のわかりやすくキャラクター設定をされた登場人物のようになれたら楽かもしれない。そんな現実逃避をして精神を安定させていたらしい。
「私は今のままの中条さんも好きだよ。って会ったばかりでこんなことを言われても嬉しくないかもしれないけど」
「今のまま、ですか?」
「自分では気づいていないのかもしれないけれど、中条さんは自分を持っているし、一緒にいる相手によって対応やキャラが違っていたっていいと思う」
全員に同じ対応ができて、キャラがぶれない人なんていない。私だって、家族の前や友達の前、そして朝比奈くんの前で全部同じ自分ではない。
人にはそれぞれ相性があって、相手が変われば会話も対応も、そのときのテンションだって変わるはずだ。
「全部同じ自分でいる必要なんてないんじゃないかなって」
「い、今の私、変じゃないですか?」
「そんなことないよ? むしろ私は中条さんと話しやすいかな」
中条さんはなにか言いたげに口を動かした後、何故か両手で顔を覆ってしまう。
「私が真面目な話をしても笑わないでいてくれるの、実はすっごく嬉しいです。……いつも結構、気を張ってて……だから、その、ありがとうございます」
私も今までだったら、こんな風に話すことなんてほとんどなかった。基本的に聞き役で、相談事といっても最初から答えが決まっているようなことばかり。私の意見なんて、誰も求めていなかった。
だけど、朝比奈くんや中条さんと話をして、改めて自分の中で考えて話すことの大切さを実感していく。この人たちは、〝私〟の話をしっかりと受け止めて聞いてくれている。
「私、決めました。このままでいます」
「……このままって?」
「睡眠を削って本を読みあさったりして無理に自分探しはせずに、今の自分のままでいます。だけど、先輩」
中条さんが立ち上がる。彼女の表情はなにかが吹っ切れているように見えた。
「たまには、私の真面目な話を聞いてくれますか」
「私で良ければ」
「やった!」
歯を見せて無邪気に笑う中条さんは、保健室で初めて話したときと変わらないはずなのに、あのときよりも眩しく見える。
「妹にもちゃんと謝ります。八つ当たりとかしちゃったんで」
確信はないけれど、なんとなく彼女はじきに治るような気がした。それは明るいからとかではなく、彼女自身がするべきことを見つめて、歩き出そうとしている。迷いがある私とは違う。
「あのね、中条さん」
私も立ち上がり、中条さんの隣に立つ。そして、秘密を打ち明ける決意をして、言葉を続ける。