青春ゲシュタルト崩壊
「私も青年期失顔症なの」
驚かれるかと思った。けれど中条さんはわかっていたように、柔らかく微笑む。
「話していて、そんな気がしてました」
「……いつから気づいてたの?」
「さっき話していて、もしかしたらって思ったんですよね」
中条さんがスカートのポケットの中から、携帯電話を取り出す。カメラを起動して、私と中条さんのふたりが画面に映った。
「不思議ですよね。私には自分の顔が見えなくて、間宮先輩の顔は見えます」
「私も自分の顔は見えなくて、中条さんの顔は見える」
指先で自分の頬に触れる。私は一体どんな顔をしているのだろう。
「お互い、いつか自分の顔が見えるようになるといいね」
「じゃあ、そのためにも今記念撮影しておきましょうよ!」
目をキラキラと輝かせた中条さんの勢いに負けて、私は頷く。自分がどんな顔をしているかはわからないけれど、カメラに向かって笑ってみる。
「お互い治ったら、この写真見て思い出話でもしましょう! 撮りますよ〜」
中条さんの合図が聞こえた直後、カシャッと音が鳴る。治ったら送りますと言われて、私たちは連絡先を交換しあった。中条さんと話ができたおかげか、精神的に落ち着いていた。
昼休みが終わる少し前に教室へ着くと、朝比奈くんの席にはカバンが置かれていた。この近くに彼がいるかもしれない。
教室を見渡すと、後ろ側にある小さなベランダから金髪頭が見つけた。おそらくあれは、朝比奈くんだ。
少し驚かせてみようなんていたずら心が芽生えて、こっそりと近づくと携帯電話の画面が見えてしまった。
——バレないようにやる。
それは誰かに向けて打っているメッセージのようだった。
「っ! 間宮!? なんでお前、ここに……」
朝比奈くんが珍しく大きな声を上げて、取り乱していることに心底驚く。私に見られてはマズいものだったのだろうか。携帯電話もすぐに伏せかれて隠されてしまった。
「いつのまに来てたんだね」
「え……ああ、朝からいたけど、教室に来たのはさっき」
「遅刻と同じじゃん」
「うるせぇ」
なにも見ていなかったフリをして笑っていると、朝比奈くんは安堵したのかいつも通りの調子に戻ってきた。
「で、なんだよ」
「さっき、中条さんと話してきたよ」
青年期失顔症の名前は伏せつつも、中条さんに打ち明けたことを話す。朝比奈くんはよかったなと言って、ほんの少し表情を和らげる。
「朝比奈くんのおかげだよ」
「別に俺なんもしてねぇけど」
せっかくいつも通りに戻ったので、なにも聞けなかった。
なにを、誰に、バレてはいけないのだろう。
朝比奈くんの交流関係をざっくりとしか把握していないため、誰に関係しているのか見当がつかない。もしかしたら私が関係している可能性もある。
私がいたことに動揺したということは、私に見られると不都合があるのかもしれない……?
休み時間終了のチャイムが鳴り響く。メッセージを見てしまったこともあり、気まずい空気を感じたので助かった。
「あ、もう昼休み終わるよ。午後の授業くらいちゃんと受けないとダメだよ」
「はいはい、お前って案外口うるさいな」
「真面目って言って」
「ガリ勉」
失礼だなぁと文句を言いながら、身を翻して自分の席へ戻ろうとすると、背後から私を呼び止める声が聞こえた。
「間宮」
ゆっくりと振り返ると、朝比奈くんの表情はいつもよりも強張っている。
「さっき、俺の……」
「ん?」
「なんでもね」
「なにそれ」
途中で話すのをやめてしまった朝比奈くんを笑う。私の動揺はうまく隠せただろうか。
おそらくは、俺の画面見えた?とでも聞く気だったのかもしれない。けれどこの様子を見る限りだと、知られたくないことがあるみたいだ。
胸の奥がざわつく感覚を覚えながらも、私は朝比奈くんに背を向けて歩き出した。