青春ゲシュタルト崩壊




 翌日の三限目の終わりに、私の携帯電話にメッセージが届いた。

 差出人は、金守杏里。
 昼休みに話がしたいとだけ書かれていて、詳細は書かれていなくてもなにについてかはすぐにわかった。休部したまま、先延ばしにしている部活の件だ。

 緊張のあまり、四限目は胃が捻れるような痛みと不快感に襲われて集中できなかった。


 四限目が終わるチャイムが鳴ると、指先が冷たくなり震えてくる。話すのは怖い。けれど、これは避けて通れない道だ。
 昼休みになると教室が一気に騒がしくなり、椅子を引く音や楽しげな話し声で溢れる。その中で、杏里の声が鮮明に聞こえてきた。



「朝葉、いい?」

 どくりと心臓の鼓動が嫌なくらい身体中に伝わってくる。
 私は勇気を振り絞って立ち上がり、ドアのところで待っている杏里のもとへと向かう。そこには常磐先輩もいて、杏里とふたりきりで話すわけではないのだと知り、少し驚いた。


「別の場所で話してもいい?」

 常磐先輩が私の顔色をうかがうように聞いてきたので、小さく頷く。私もできればクラスメイトたちに聞こえるような場所で話したくない。

 階段を降りながら、無言の時間が流れていく。右に杏里が立ち、左には常磐先輩がいる。まるで、これから死刑台へ向かう罪人のようだ。
 逃げることは許されず、私の意見ではなく彼女たちの正義を基準にして裁かれる。そんな被害妄想までしてしまい、自分の感情が負の方へと大きく揺れていることを痛感する。


 階段を下っている途中で、友達と喋りながら歩いている中条さんと鉢合わせした。パンを三つ抱えているので、どうやら購買へ買いに行った帰りのようだ。


「先輩たち、こんにちは〜!」

 明るい声音で話しかけてくる中条さんに私はぎこちなく微笑んで挨拶を返す。彼女の勢いに気圧されたのか、杏里も同じように挨拶を返した。常磐先輩はいつも通りの柔らかな笑みで「こんにちは」と言っていて、その横顔を見つめてしまう。


 これから話すのは怖いけれど、いつも仲裁に入ってくれる優しい常磐先輩がいてくれるのなら、そこまで怖がらなくても平気かもしれない。私の中で怖いのは、常磐先輩を除くバスケ部員と顧問の桑野先生だ。


 中条さんと別れたあと、私は杏里たちに案内されたのは、体育館へ向かう途中にあるピロティだった。既に揃っている人たちを見て、血の気がひいていく。


 私を待ち受けていたのは、女子バスケ部員全員と顧問の桑野先生だった。
 どうして全員がいることを教えてくれなかったのだろう。と杏里や常磐先輩を責める言葉が頭によぎる。けれど最初から〝三人だけ〟とも言われていなかった。

 桑野先生の鋭い視線に息を飲む。休部の件で後ろめたさがあるため、目を逸らしてしまいたい衝動をぐっと堪えた。


「間宮は休部中だが、聞いてもらったほうがいいと思って、金守に呼んでもらった」
「え……」

 桑野先生の発言が引っかかる。私の休部の件が理由で呼ばれたわけではないのだろうか。

 周りをよくよく見回すと、違和感を覚えた。
 一年生のふたりが身を縮こませて俯いている。そして周囲は彼女たちを咎めるような眼差しで見つめているように感じた。


「真縞と御岳が部活を辞めたいと言い出した」

 そう聞かされても、私はあまり衝撃を受けなかった。
 一年生は入部してまだ二ヶ月半ほどだけど、部活が合わないと感じているのなら、夏休みの過酷な練習が始まる前に辞めたほうがいい。その方が彼女たちにとっても、これから一年生の練習試合でのポジション決めをしていくことを含めてもいいタイミングのように思える。

 けれど桑野先生はそうは思っていないようだ。



「俺は休部を認めるべきではなかったと思ってる」

 突然私に話が移り、背筋が縛られたように固まり、動機が高まっていく。


「間宮の甘えを許してから、部員たちがたるみ出した」





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