青春ゲシュタルト崩壊


 私の〝甘え〟。その言葉が心を抉っていく。

 精神的に不安定になり、自分の顔を認識できなくて、部活に行くのが嫌だと感じる。
 言葉にしてしまえば、桑野先生の言う通り、私は自分の弱さに甘えているだけなのかもしれない。


「ひとりが休部をしたり、退部をするとすぐこうやって連鎖する。だから俺は間宮の話を聞いてケアをしていたつもりだ」

 乾いた唇を噛み締める。私に返したあの言葉たちは、桑野先生にとってメンタルケアのつもりだったようだけど、私にとっては発症する引き金だった。

 焦りや不安や、罪悪感などで苦しかった感覚が、熱が引くように消えていく。


 後輩たち、同級生の友人たち、そして先輩たち。みんなの表情を見ると、それぞれ思うことがあるようだった。
 早く終わってほしそうにしている人や、怯えているように顔を強張らせている人、見ていられないというように辛そうにしている人、そしてこの現状に不満を抱いている様子で私を睨みつけている人。


 私は、今まで周りの顔色を見て、なるべく相手の期待に応えられるようにしてきたつもりだった。この場をうまくまとめるには、休部を取り消して部活に復帰することを約束すればいい。そしてやめたがっている一年生の子たちと話をして説得する。


 そして、それが桑野先生の一番求めているものだ。


 自分を押し殺してまで、周りから好かれようとしていた自分から変わりたい。それなら、今までつくり上げてきた〝間宮朝葉〟を手放さなければいけない。


「……部活を続けるか、辞めるかは自分で選ぶことだと思います」

 振り絞るようにして発した言葉に、周囲は目を丸くする。あの桑野先生でさえも、私の発言に耳を疑っているようだった。


「部活は一度入ったら、辞めてはいけないルールなんてないですよね」

 誰かが〝無責任〟と呟いたのが聞こえた。
 部に所属した以上は、責任というものがあるのはわかっている。だからこそ、私もこれ以上うだうだと悩まずに決断しないといけない。先輩たちの最後の大会のための強化練習や、昨年の流れだと代替わりに備えて二年生の練習メニューの変更などがある。その前に、抜けなければ今よりも迷惑をかけてしまう。


「間宮、三年生が大事な時期だとわかって言ってるのか?」
「それなら桑野先生は、どのタイミングなら辞めてもいいんですか」
「はぁ……わかったわかった。部員同士でなにかトラブルでもあったのか? それなら今ちゃんと言いたいことを言え」

 私が辞めたい理由が部員の誰かとの不仲だと勘違いしているようだ。特定の人となにかがあったわけではない。けれど、もういろいろと限界だっただけだ。
 二年生の部員のひとりが私のことを見つめながら、小さくため息を吐いた。


「朝葉、なんでなんにも相談してくれなかったの。もっと早く話してくれていたら、こうなる前に相談に乗れたのに」

 悲しげに言われてしまい、私はなにも言い返せなかった。桑野先生や先輩や後輩たちとの間に入りたくないと打ち明けていたら、本当にこうはならなかったのだろうか。

 内に秘めていたことをすべて打ち明けて、ぶつかり合ってみたら絆が深まる。桑野先生はそんなふうに思っているようだったけれど、私はそうは思えない。

 言いたいことを言って、傷を残してしまうことだってある。私たち部員の関係は、崩れ出したら止まらなくなりそうで、私はいつも薄い氷上にいるような感覚がしていて怖かった。


 誰かが言葉を発した途端、周りの子たちが「だよね」と言って同調し始める。本心が本当にそこにあるのかがわからず、私は彼女たちの同調に染まりきれない。いつもならどう返していたのか、どんな表情をするべきなのか、正しい反応ができず戸惑ってしまう。



「ねえ、朝葉。聞いてる?」

 積み上げてきた感情が崩れ落ちていく。私は黙って頷くことしかできなかった。

 杏里と目が合うと、気まずそうに逸らされてしまう。普段の明るくてムードメーカーの彼女とは違い、今はすっかりと口を閉ざして、この場に溶け込んでいる。


「てかさ、杏里はなんも聞いてなかったの?」
「……っ、あたしはなにも。それに朝葉が次の部長じゃないかって言ったとき、嫌そうじゃなかったから、やりたいのかと思ってた」

 バスケ部の中だと、私は一番杏里と仲が良かった。休日も遊ぶ仲で、夜中に突然電話がかかってきて杏里の恋愛相談にのることだって何度もある。そのくらい私たちは親しい仲のはずだったけれど、この場にいる彼女は同じ外見の別人のように見える。


「わかる。朝葉って部長になりたいのかなって私も思ってた」
「私もそう思ってた。なのに、急に部活休部ってなってびっくりしたもん」

 再び始まる同調。私は一言も発していないのに、話がどんどん進んでいく。一度だって部長になりたいと思ったこともない。


「私はっ」

 背筋がぞわりとして、肌が粟立つ。
 今確かに私は言葉を発したつもりだった。けれど〝なにも聞こえなかった〟。でも周りの目は私に向いている。


 顔の次は、声——?




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