青春ゲシュタルト崩壊


「いつからいたの!?」
「先にここ開けて、更衣室にいた。つーか、中条。着いたなら連絡しろよ」

 最初から裏口の鍵が開いていたのは、朝比奈くんが開けてくれていたからだったようだ。私の知らないところで、彼は色々と動いてくれていたようなので、立ち上がって頭を下げる。


「ありがとう」
「なにが」
「心配してくれて」
「してねーよ」

 よく話すようになって間もないけれど、だんだんとわかってきた。こういうとき朝比奈くんは照れていて素直じゃない。


「思いっきり心配してたくせに、なに言ってるんですか〜」
「はぁ? いい加減なこと言うな」
「ねえ、間宮先輩。朝比奈先輩って照れたり、図星つかれると口悪くなると思いません?」

 私も思っていたので噴き出してしまう。中条さんにまで見破られているなんて、案外朝比奈くんってわかりやすいのかもしれない。


「お前、まじで余計なこと言うな。何度も運んでやったの誰だと思ってんだ」
「その節はお世話になりました!」
「……本当いい性格してるよな。うぜぇ」

 口元を引きつらせながら睨みつける朝比奈くんに、中条さんが余裕な笑みを向ける。


「そんなこと言っていいんですか? 任務を完璧に遂行したっていうのに!」
「お前だって乗り気だったくせに」
「そりゃ、楽しそうでしたし! 間宮先輩のことも心配でしたもん」

 朝比奈くんと視線が合うと、彼はほんの少し表情を緩めた気がした。安堵しているような、そんな表情に見える。

 おそらくは私がバスケ部との話し合いに行ったことによって、精神的に不安定になるのではと、かなり危惧していたのだろう。実際はその通り、病状も悪化してしまった。けれど、こうして連れ出してくれたおかげで、先ほどまでの陰鬱とした気持ちが晴れている。


「せっかくですから、再現しましょう!」

 中条さんが靴下を脱ぎ始める。何事かと思いきや、そのまま素足をプールの水につけた。


「あ……もしかしてあの絵の?」
「そうです! 朝比奈先輩は向かい側に行って、写真撮ってください!」
「はぁー……めんどくせぇ」

 中条さんに指示され、面倒くさそうにしながらも朝比奈くんが反対側に向かってくれる。美術準備室でみた裸足でプールの水を蹴っている絵の再現をするらしい。


「間宮先輩も、早く早く!」
「う、うん」

 上履きと靴下を脱いで、右の爪先をプールの水に触れてみる。手で触れたときよりも冷たく感じて、ほんの少し驚いた。


「さ、撮ってくださーい!」

 朝比奈くんが向いに立ち、携帯電話で写真を撮る準備ができたのを見ると、中条さんが声をかける。シャッター音が連続して聞こえてきて、事前に声をかけないのが彼らしくて笑ってしまう。


「完治したら、写真見ましょう! ね?」

 私は今、どんな表情をしているのだろう。水面が波打ち、のっぺらぼうな顔すら映らない。けれど楽しいと感じるのは間違いなくて、この気分が表情に現れていることを願ってしまう。


「撮れました?」
「おー」

 やる気のない朝比奈くんの声が返ってきて、携帯電話を下ろしたのを確認すると、中条さんが片方の口角を上げて悪い笑みになった。


「じゃあ、間宮先輩。どっちが水を遠くまで飛ばせるか勝負です!」
「え?」
「はぁ?」
「いきますよー!」

 戸惑う私たちのことなんてお構いなしに、中条さんが足の先で水を蹴って朝比奈くんに目掛けて飛ばしていく。

「てめ、ふっざけんな!」
「ぎゃー!」


 さすがに怒った朝比奈くんが中条さんを捕まえようと追いかけてくると、中条さんは大きな声をあげて逃げ出した。その光景を見ながら私はお腹を抱えて笑ってしまう。

 まるで小学生の遊びみたいだと、他の人に見られたら呆れられてしまうとはずだ。だけど、こんなに笑ったのは久しぶりだった。



 朝比奈くんの濡れたシャツは中条さんを追い回した結果、ほとんど乾いたようだ。ふたりともはしゃぎ疲れたのか、プールサイドに大の字に横たわっている。


「はぁ……もう次のところ行かないと時間なくなりますよ〜」
「誰のせいだと思ってんだよ」
「私たちが楽しんでどうするんですか、朝比奈先輩」
「俺は楽しくねぇよ、ボケ」

 呑気な中条さんと、怒りながらも付き合っている朝比奈くんの組み合わせは、見ていて飽きない。朝比奈くんがこんな風に振り回されているのはレアな気がする。

 濡れた足をハンカチで拭い、靴下と上履きをはく。


「それにしても、よくここの鍵が手に入ったよね」
「鍵は水泳部の人から借りました〜!」

 顧問が会議で遅れることもあるため、水泳部の生徒たちが合鍵を持っているらしい。中条さんの友達が水泳部のため、今回は頼んでこっそりと借りたそうなので、巻き込まないためにも、見つかる前に出なければいけない。

 侵入して遊んでいたなんて知られたら、全員反省文を書かされてしまう。だけど普段はできない経験ができて楽しかった。


「それじゃあ、次のところに行きましょうか!」
「次のところって?」
「行ってからのお楽しみです〜!」





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