青春ゲシュタルト崩壊
旧校舎の屋上は、とても綺麗とは言えない状態だった。
朝比奈くんのように合鍵を受け取った生徒たちの物だろうけれど、ページが捲れ上がった漫画雑誌や、飲みかけのペットボトルや空き缶などが転がっている。
幸いお酒や吸殻などはなかったので、その点だけは安堵した。もしもここでお酒やタバコが先生に見つかれば、犯人探しで大事になりそうだ。
「もう梅雨って開けたんですかね?」
両手を広げて伸びをしながら、中条さんがカラッとした笑みを見せる。そういえば今日は雨が降っていない。
「さすがにまだだろ」
「でも最近今日みたいに時々晴れてますし、今年は梅雨入り早いらしいんで梅雨明けも早いかもですよ〜」
「どーでもいい」
「朝比奈先輩は人と会話する気ありますか!」
フェンスに寄りかかり、大きなあくびをする朝比奈くんを見ていると、私まであくびが移りそうになる。今日は湿度が低めで、暖かな陽気の中にいると眠くなってしまう。
「じゃじゃん! 最後に紙飛行機をつくりましょう!」
空気を一掃するような明るい声に、眠気が霧散する。
「紙飛行機って……これもあの絵の再現?」
「完全な再現ってわけではないですけど、ちょっとやってみたいなと思いまして!」
先ほど部屋から持ってきた紙は紙飛行機を作るためだったのかと納得しつつ、一枚受け取る。紙飛行機なんて、小学生以来かもしれない。作り方なんてうろ覚えだ。
「めんどくせ」
悪態をつきながらも、朝比奈くんはちゃっかりと紙を受け取って折り始める。私も記憶を頼りに紙を追っていく。
「あれ、なんか変かも」
出来上がった紙飛行機は、少し不格好のように見える。そんな私の紙飛行機を見て、朝比奈くんが鼻で笑ってきた。
「へったくそ」
「朝比奈くんだって折り目汚いじゃん」
「は〜? 俺のは味があるからいいんだよ」
「なにその言い訳」
朝比奈くんのは先っぽが潰れているように見える。それに折り直した跡がわかるので、とてもじゃないけれど綺麗とは言い難い。
「それぞれ微妙に折り方が違っていておもしろいですね」
私たちのやりとりを笑いながら見ている中条さんはきっちりと折られていて綺麗だ。かなり几帳面なようで驚いた。
「……お前のはある意味すげーな」
「えへへ、性格でてますか?」
「間宮と逆って感じだな」
いい意味に聞こえなくて睨むと、再び下手くそと言われてしまう。絶対に朝比奈くんの汚い紙飛行機よりはマシだ。
三人で屋上の扉を背にして並び、構える。
「いっせーのーせ!」
そんな掛け声を私と中条さんでして、澄んだ青空に向かって紙飛行機をめいっぱい飛ばす。
飛び立っていく真っ白な紙飛行機に太陽の光が反射して眩しい。けれど今は瞬きすら惜しいと感じた。
たぶん、こういう時間はもう二度とこない一瞬。
「あっ、うそ」
私の紙飛行機が回りながら急降下して、地面に力なく横たわる。続いて、朝比奈くんの紙飛行機がぐねっと左に曲がり、戻ってくる。中条さんのは一番のびのびと真っ直ぐに飛んでいき、見事にフェンスに刺さった。
「お前のドベじゃん」
「朝比奈くんのなんて思いっきり左に曲がったくせに」
「間宮のなんてくるくる回ってたじゃねーか」
朝比奈くんのはUターンしていたので、距離的には私の方が遠くへ飛んだ。子どもじみた主張をして互いに譲らないでいると、中条さんが「ふたりとも下手です」とバッサリと切ってきた。
「いろんな飛び方があるんですね」
「いいこと言いたそうな顔すんな」
空を見上げ、遠い目をする中条さんを朝比奈くんが呆れたように突っ込む。
「ええ! 今まさに〝この紙飛行機と同じで、人もそれぞれ違うんですよ〟って言おうとしてました!」
「単純」
「単純でもいいですよ。だって、それも私の個性じゃないですか」
「すげーポジティブだな」
「そこが長所です!」
「最近ますますポジティブ暴走してるよな」
私は付き合いが長いわけではないため、断言はできないけれど、出会ったときよりも、今の中条さんの方が心から笑っているように見える。
フェンスに刺さった紙飛行機をとりに行った中条さんが、背中を向けたまま立ち止まる。
「私、間宮先輩が青年期失顔症だって打ち明けてくれたとき嬉しかったです。きっとすごく勇気がいることですよね」
「……中条さんなら私の話を聞いてくれるって気がして……ってこれも押しつけだよね」
中条さん自身のことを聞かせてくれて、私も彼女になら話せると思った。それに誠実に向き合うために、自分が青年期失顔症だと隠すことはしてはいけない気がした。
「私も間宮先輩なら、話を聞いてくれると思って自分の事情を話しました」
振り返った中条さんは、青空を背にして太陽みたいな明るい笑みを向けてくれる。
学年も違っていて、青年期失顔症にならなければ関わりなんてなかった。でも中条さんのことが人として好きで、知り合えてよかったと感じる。
「間宮先輩、時には物事から向き合わずに、息抜きをする時間も必要なんだと思います」
「……そうだね」
きっとこういう時間が、息抜きだ。授業をサボって、朝比奈くんや中条さん、叶ちゃん先生にまで協力をしてもらって、いけないことをしている自覚はある。だけど、連れ出してもらえなかったら、青年期失顔症は悪化していたかもしれない。
だから来てよかった。それは心からそう思う。
でも——