青春ゲシュタルト崩壊
「うん。ごめんね」
誰かにとって、逃げであってもいい。中途半端。無責任。途中で退部する私は、バスケ部の人たちに罵られても仕方ない。
だけど、絶対に俯かない。自分で決めたことは、私の中では間違っていないと信じたい。
「だって、それじゃあ、これからメニューの調整とか三年生や一年生たちのこととか、どうしたら……」
私が辞めることへの戸惑いは、今まで私がやっていたことを〝次は誰がやるのか〟という困惑からくるのだろう。
「二年生の中だと、私ひとりがやっていたもんね」
「それは……っ」
学年ごとの連絡や、土日の練習試合の場所のルート検索や電車の乗り換え。地図の添付や待ち合わせ時間まで、全て私がやってきた。メニューも部員たちの不満は私へ届き、桑野先生と相談をするのも私の仕事。試合相手のチームのリサーチもやらされていた。
さすがに手伝って欲しいと二年生のみんなに頼んだこともあった。だけど、みんな口を揃えて言うんだ。
〝私じゃ無理だよ〟
要領がよくないとか、これは苦手、塾があるとか色んな理由をつけて、私ならできるでしょと押し付けてきていた。
「これからはみんなで協力して、ひとりに押し付けたりしないで」
杏里のことは友達として、好きだった。だけどなにも言わずに、部員たちとの話し合いに連れて行かれたとき、私は裏切られたような気分になった。それに今だって、私の心配ではなくて、今後誰が私の役割をするのかということを気にかけている。
それを目の当たりにして、余計に区切りがついた。
「朝葉っ」
「もう決めたんだ。ごめんね」
後悔なんてしていない。自分のやりたいことを、自分で選んでいく。
縋るような杏里を突き放すように別れを告げる。そして私は背筋を伸ばして、部員たちを見渡す。
「今までありがとうございました」
深く頭を下げた。途中で去ってはしまうけれど、私の一年半はここに存在していて、苦しさはあっても紛れもなく青春の時間だった。
「今までごめん」
聞こえてきた声に驚いて頭を上げると、三年の先輩たちが申し訳なさそうな表情で私を見ていた。
「ありがとう」
私にも厳しかった先輩で、本音を言うと少し苦手だった。だけど、面と向かって私の気持ちを汲み取った上で、私に言葉を返してくれたようだった。
「お世話になりました」
最後は笑みを浮かべて、私は体育館を後にした。
*
校舎へと続く外通路を歩いていると、慌ただしい足音が迫ってくるのが聞こえてくる。
「朝葉ちゃん」
私を引き留めるようにやってきた人物を見て、心臓が大きく跳ねる。傍観に徹していたので、今日このタイミングで声をかけられるとは思わなかった。
「……常磐先輩」
「本当に辞めるの?」
「辞めます。もう決めたので」
「……そう」
残念そうに眉を下げる常盤先輩を見ると、胸が少し痛む。私の苦しさに気づいて声をかけてくれた部員は、常盤先輩だけだった。
だけど————
「私、常盤先輩とちゃんと話さなくちゃいけないと思っていました」
常盤先輩とのことは後日にしようと思っていたけれど、こうして追ってきてくれているのなら今がそのときなのだろう。
「私と話?」
きょとんとして首を傾げる常盤先輩を見ていると、嘘なのではないかと願いたくなる。けれど、実際に私も彼女の手のひらで転がされていたひとりだ。
「常盤先輩は、なんのために周囲の精神を乱して青年期失顔症に誘導しているんですか」
表情の変化を逃さないために、じっと見つめる。瞬きをするのすら惜しい。それでも常盤先輩は表情を全く変えずに、むしろ無表情のまま口を開く。
「そんなこと聞いてどうするの?」
「……否定はしないんですね」
初めてこの人のことが怖いと思った。優しくて穏やかな先輩だと思っていたけれど、それは一面でしかない。
「私はただ、みんなの悩みを聞いていただけよ」
常盤先輩の笑みは、どこか切なげだった。
「……確かに、そうですけど」
「精神を崩したのは、本人でしょう?」
「でも、苦しんでる人もいます」
「私は、なにか問題があることを言って傷つけた?」
そこを突かれると、なにも返せない。実際常盤先輩は、直接傷つけるようなことは言っていない。だからこそ、厄介なのだ。