青春ゲシュタルト崩壊
めんどうだけど、やるしかない。相手はおそらく単純でない。
「話の前に、これよかったら」
500mlのペットボトルを手渡す。
「くれるの?」
受け取ったペットボトルをまじまじと見ながら、目を丸くしている。彼女に渡したのは、最近流行っている透明なドリンクでピーチティーと丸っこい字体で書かれている。
「こういうの初めて。もらっていいの?」
「さっき貰ったんですけど、俺これ持ってるんで」
同じように透明な液体でコーヒーと書かれたペットボトルを見せる。
「ずいぶんと変わったものを持っているんだね」
楽しげに笑われた。一見人が良さそうに見える。けれど、おそらくこれが表向きのこの人なのだろう。
「最近結構暑いっすよね」
「そうだね。七月に入って一気に夏って感じになったよね」
本題に入る前に、ペットボトルの蓋を捻ってひと口飲む。中条オススメのこれは、想像以上に甘ったるい桃の味がする。
「いただきます」
用心深くキャップが開いていないことをしっかりと見ると、目の前の彼女もひと口それを飲んだ。
「こういうクリア系の飲み物って流行ってるのかな」
「らしいっすよ」
「なんだか妙な感じだね」
——本当、妙な感じだ。
一見〝普通〟なのに。
「それで、私になにか用?」
蒸し暑い夏の風が吹く。濃紺のスカートがはためき、薄茶色の長い髪が青空に向かって靡いている。
「今からアンタを脅そうと思います」
旧校舎の汚い屋上に呼び出したのは、世間話をしたいからではない。こっちだってそれなりの覚悟と準備をした。
「ずいぶんと物騒な告白ね」
——常磐星藍が穏やかな表情で笑う。
「青年期失顔症を故意に起こしていた犯人には、これくらいの告白がいいかと思って」
「その件は、朝葉ちゃんに謝罪したよ」
謝罪、か。そんなものただの言葉だ。本心でもうやらないと言ったとは限らない。現に常盤先輩は、真実を話していない。
「ここ一年くらいで発症者が増えていて、その人たちと関わりが必ずあるのはアンタだけだ」
「私は、みんなの話を聞いていただけ」
まるで自分が被害者のように眉を下げる。とはいっても、この人もある意味被害者ということに変わりないのかもしれない。間宮曰く、自分と似たような立ち位置で雑務を押し付けられている人らしい。
「それで誘導して、発症させてたって?」
「そこまでするつもりはなかったの。話を聞いて、アドバイスをしていて……」
「結果的に勝手に青年期失顔症になったとでも?」
常盤先輩の言い分は完全に間違っているわけではない。青年期失顔症になるような酷い言葉を、この人が直接浴びせたわけではない。
ただ、アドバイスというフリをして、相手が追い込まれそうな方向へ誘導していた。
〝それだけ〟と言ってしまえば、そうなのかもしれない。けれど、悪意を持ってやっていたのなら別だ。
「当ててやりましょうか」
俺の言葉に常盤先輩がいまだ余裕そうな笑みのまま、渡したペットボトルを持って立っている。
気を抜けないのは、ここからだ。