青春ゲシュタルト崩壊
「青年期失顔症だろ」
「それこそ証拠なんてあるの?」
指摘されることなど最初からわかっていたかのように、困ったように笑って首を傾げる。
「確かに青年期失顔症なんて、第三者が証明するのは難しい」
「そうだね。だから私が発症している証拠なんてない」
対峙して改めて感じるのは、なにもかも見透かすようなこの視線が苦手だ。初めて会ったときも、本能的にこの人を警戒した。発する言葉になにか裏があるように聞こえて、表情すらも嘘くさい。
だけどひとつだけ、俺の手札が残されている。さっきはまんまと引っかかってくれて、どうもありがとうと礼を言いたい。
「さっきのやつ、どうでした?」
「え?」
「そのジュース、どんな味がしました?」
「どんなって……」
常盤先輩に渡したペットボトルのラベルには、ピーチティーと書いてある。当然ピーチティーだと思って飲んだだろう。
「アンタ、普通に飲んでましたよね」
「……キャップは空いていなかったはず」
「中になんにも入れてないっすよ」
「じゃあ、なにを……」
初めて常盤先輩が表情を崩した。その顔は焦りを含んでいて、なにか考えを巡らせて次の手を考えているようにも見える。
「ラベルを変えた。それだけっすよ」
「……はぁ、そういうこと」
頭を抱えて、その場に座り込む常盤先輩を見下ろす。もしかしたらと思ったけれど、味覚を失っているらしい。
青年期失顔症を発症している人は、悪化していくと別の五感にも影響を及ぼすことがある。一般的に最も可能性として高いのは、味覚。次に聴覚と嗅覚と言われている。
常磐先輩が青年期失顔症を発症しているのは、ほぼ間違い無いのではないかと思っていた。誘導していたのは、自分を追い込んできた周りへのある種の復讐や鬱憤ばらしのようなものかと考えると、彼女が発症したのはだいぶ前からということになる。
それなら長期で精神バランスを崩しているということになるので、合併症を起こしている可能性が高いのではないかと考えた。
聴覚の場合は、自分の声が聞こえなくなるため発症していることがわかりやすい。触覚もバスケ部にいるのなら、おそらくは違う。急に発症すれば、ゴールの感覚などが鈍るはずだ。
となると残りは、味覚か嗅覚。
ただ、前に廊下で初めて会ったときに彼女から花の香りがしたので、香水をつけている。それなら嗅覚もおそらくハズレだ。
残るは味覚。
青年期失味症になると、味がわからなくなるため痩せていく人が多い。見たところ常盤先輩はバスケ部の中でも、かなり細身な方だった。だからこれは賭けだった。
「やり方が汚いわね」
「アンタに言われたくねーな」
最も汚いやり方で、自分の手を汚さずに周りを陥れていたのは常盤先輩だ。
「キャップも開いていないからって安心しただろ」
手先が器用な中条に頼んで、綺麗にラベルを交換してもらったのは大成功のようだ。
それと用心として事前にもう一セット作って、キャップを開けて匂いで中身に気づくか試してみた。結果としては、意識して匂いをかがないと入れ替わっていることには気づかないであろうと、中条と判断した。
後で一応お礼を言ったほうがいいか。……自分のおかげだと五月蝿そうで嫌なのは我慢するしかない。
「この日に指定したのもわざとね」
中条の事前調査のおかげで、常盤先輩のクラスが四限目に体育があることはわかっていた。
「体育の後なら、疲れていて飲むかなって思っただけなんで」
あくまで勝手に引っかかったのはそっちだと言うと、しゃがみ込んだまま俺のことを睨みつけてくる。普段温厚そうに見える人が怒ると怖いというのを、たった今実感した。