ブエノスアイレスに咲く花
「なんの研究?」
奈津美が文献を見て言った。
「卒論だよ」
「もう?」
「テーマだけは冬休みまでに決めないとなんだ、
大学院への進学組みは、そこらへんが厳しくってね」
奈津美はミルクティーのフタを空けると、
白く蒸発する空気に唇に近づけて温度を確かめて言った。
「じゃあ、クリスマスは忙しい?」
僕は手紙が【向こう】に届いてから、
願いが執行されるまでのタイムラグは
どれくらいなのかを考えていた。
彼女の気持ちが、元に戻るまでの、
カウントダウン。
奈津美が僕を好きでいる、猶予期間。
師走の風は化学繊維と綿素材の僕の衣服の
間をすり抜けて【胸元】に到達し、
囲い込んでその場所を強く締め付けた。
そしてフタをあけて勢いよく飲み込んだ緑茶との温度差に
僕の胸元は耐え切れず、僕は咳払いを数回した。
奈津美がハンカチを取り出して僕に差出し、
何かを言いかけていた。
それを遮り、
ハンカチごと彼女の手をつかんで、僕は言った。