ブエノスアイレスに咲く花

「ほんとうによかったの?
 私が誘っちゃったのにさ」

僕らが清算を断って先に店の外にいた彼女は、
二つ折りになった水色の財布を両手で持ち、
申し訳なさそうに言った。

明らかに支払いの意思が見えて、
合コン相手なんかの女子のそれとは
歴然とした違いがあった。

「明日から電車に並ぶときは、
 必ず柱によりかかっていたほうがいいね」

僕が言うと彼女は
「意味が分からない!」と嬉しそうに言った。

「おまえさ、意味わかんない
 意味わかんないって、5歳児か?」

彼女は相沢の言葉にもめげずに
「意味わかんない」と続ける。

「大学イチを競う色男二人と飲んで、
 おごってもらったんだから、
 夜道と電車のホームは
 気をつけて歩いたほうがいい」

僕は2箱目のメンソールのフィルムを
はがしながら言った。

「色男って、おまえの生まれは本当に戦後か?」

相沢の毒の効きすぎた突っ込みに
すっかりなれた彼女は、
呆れたように笑い、
ひとつ、あくびをした。
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