強引な彼にすっかり振り回されています

「紗也。」


ふいに背後から声をかけられた。


「親方! おつかれさまです。」


そこにいたのは、私の上司であり師匠でもある『親方』。


「色男から何もらったんだ?」


含みのあるいたずらっ子のような笑顔で私の手元を指差した。


「単なる名刺交換ですよ。ほら。」


いつからここにいたのか、今もらった名刺を見せる。


「知ってます?」

「あぁ……んなモン見なくても知ってるさ、”あそこ”の御曹司、やり手副社長だ。
お前……ウチで働いてるなら少しはヒルズ企業に興味を持ってくれよ。」

「…… はーい。」


気のない返事をしながら名刺入れをウエストバッグにしまった。


この屋上日本庭園があるショッピングモールを有する『ベリーヒルズビレッジ』は、

超高級レジデンス、総合病院、そして親方が”あそこ”と指差した高層オフィスビルが集まる

全国有数の複合タウンとして、その名を広く知られている。

もらった名刺には『ヴィズウエスト』と社名が記載されていたが、

しかしながら、ステータスというものに全く興味のない私は、

受け取った名刺の企業がどんな業種であるのかも知らない。


「親方、じゃあココはお願いして私はお店を見てきますね!」

「おぅ、おつかれさん! 店頼むぞ。」


私はココの造園から管理まで任されている親方のところへ高校卒業後に弟子入り就職してから10年目。

管轄であるショッピングモール内のフラワーショップでは今年から店長の役目をいただいている。

ベリーヒルズビレッジお抱えの庭師であり、
造園業から生花販売まで幅広く手がける親方こそ

「やり手」であるのだか、それを鼻に掛けるようなことは一切しないのが尊敬に値するところだ。

ふと振り返った野点では、先ほどのお客様が楽しそうにお茶を楽しんでいて、

私はその景色を嬉しく感じ、スキップしたい気分で足取り軽くモール内へと向かった。


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