強引な彼にすっかり振り回されています



『オフィスビル前に11:30集合。』


そう連絡を受け、打ち合わせ用のスーツを着て10分前からスタンバイしている。

さすがテナントの格が違うビル前では、どこか品の漂う人たちが行き交っていく。

ガラス張りのエンドランスに映る自分を見て、ちょっと背筋を伸ばしてみた。

指定された時間ぴったりに、車に詳しくなくても一目で高級だとわかるピカピカな一台が目の前で止まる。


「乗って。」


いつの間にかオフィスビルのドアマンが後部座席を開けてくれていて、中から手招きを受ける。


「失礼します……。」


乗り込むと、ソファーでも味わったことのない座り心地が私を包んだ。


「ぅわぁ……気持ちいい……」


そうか?といいながら西王寺さんの私を見る目が何だか優しくて、不覚にもドキッとしてしまう。


「昼飯まだだろ?テイクアウトのサンドウィッチだが、なかなか旨いぞ?」


そう言いながら、あらかじめ準備されていたのであろう紙袋に手をのばした。


「お気遣いなくっ!」


ドキドキしたことを悟られたくなくて、つい語気に力がこもってしまった。


「打ち合わせ代だと思えば良いだろ?」


そう言って差し出されたものは、私の考えるサンドウィッチとは違って

バゲットに色とりどりの具材が挟まった映えるタイプのものだった。


「わぁ…!っ…じゃなくて!打ち合わせしないとっ!」

「食いながらでいいだろ? あー……左手が疲れてきた。」


ずるい言い方をするので、ありがたくサンドウィッチを受け取ることにした。


「じゃあ、いただきます…… んうまっ!」


一口目から広がる美味しさに思わず声が出てしまい、ハッとした時には遅かった。

おそるおそる隣に目をやると、笑いを堪えながら同じくサンドウィッチを咀嚼している西王寺さん。


「最近モールに出した店なんだが、評判いいんだ。口に合ったようで何より…紗也ちゃん?」

「えっ?!ファーストネームまで覚えてくださったんですか……」

「いい名前だったからね。オレンジは嫌いじゃない?」


サラリと褒めつつ紙袋からジュースを取り出し、自然な流れで渡される。


「オレンジ……好きです。」

「良かった。搾りたて100%だから旨いと思うよ。」

「ありがとう…ございます。」


すっかり主導権を握られてしまい、何だかペースの掴めないまま、あっという間に移動先に到着してしまった。


「お時間をいただいたのに、返ってご馳走になっただけで申し訳ありません。」

「どういたしまして。おかげで楽しかったよ。
ところで明後日の朝は空いてる?時間外勤務させちゃうことになるけど。」


形の良い唇が弧を描いていた。



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