光は空と地上に輝く
流架との日々
私、河合香歩はいつからか変わった。常にひとりで、友達と呼べる人は誰ひとりとしていなかった。私は朝家を出てからひとりになる。
 家を出て、私は徒歩で学校に向かう。初めは同じ学校の生徒がおらず、イヤホンから流れる音楽に浸っていられるのだが、学校に近づくにつれて私の憩いの時間は次第に奪われていく。それも、バスターミナルを通り過ぎたころから一気に生徒が増える。それからしばらく歩くと、もう一つのバス停が見えてくる。そのバス停では、上下とも黒っぽい制服を着た集団が蟻のようにバスから隊列を成して降りてきている。後ろからは別のバスから降りてきたカップルが、どうでもいいような話で盛り上がりながら私を嘲笑うかのようにしてつけてくる。そして私は、ひとりイヤホンをして、ひたすら黒いアスファルトを見つめながら歩いている。そんな私を横目に私を抜かしていく男子たちもいる。校門に近づくと、更に嫌になる。毎日校門には学校一怖い先生が立っていて、癒しの音楽から少しの間離れることになるのだ。私にとっては、その少しの間がとても長く感じられる。そして、毎日混み混みの下駄箱で、外を歩いている時よりも大きな声で癒しの音楽の時間を邪魔されながら靴を履き替える。
そうして教室に着いたら、私はすぐに席に座る。私が教室に入っても、私のクラスメイトは私はいないものとして騒いでいる。私はいつも本を読んだり、音楽を聴いたりして、担任が入ってくるまでひとりの時間を楽しんでいる。そんな私はクラスメイトからしたら幽霊みたいなもので、声をかけられすらしない。だが、私はその方がいい。
学校帰りも私は音楽を聴いている。帰り道は私の憩いの時間になっている。家に近づくにつれて、気兼ねなく音楽に没頭できるから。ただ、学校を出てすぐは違う。同じクラスの男子が邪魔だと言わんばかりに自転車で私を抜いていき、女子はというと、私に見向きもせずファッションの話やタピオカの話で盛り上がっている。この時間も純粋に音楽を楽しめない。それでも、私はただそれを切り抜ければいい。
家では別だけれど、大半私はひとりだった。それが1年続いた。
 
それが、高二の四月に一変した。
寒い朝だった。クラス替えが終わり全員が初めて顔を合わせる日だ。知り合いがいない私にとってはいつも通りの朝だが。いつもと違うといえば、季節外れの雪が降っていることくらいだ。私の住んでいる町はまだ春になっていない。もう桜が咲いているところもあるのに。さすが北国、と思う。とはいえ、この時期に雪が降るのは珍しい。外では太陽に照らされたダイヤモンドが光りながら空から落ちてきていた。それがグラウンドに落ち、そこに大きな、でも厚みのない白いベッドを作っていく。外を見るのをやめてまた本を読もうとした時、先生が入ってきた。
 「おはよう」と言う安藤先生のとなりに、彼はいた。彼は緊張していた。新しい制服をまとっている彼を見て、私はすぐに思った。彼は真逆の人だな…と。彼は楽しい学校生活を送って来たのだろうと感じた。見るからにクラスの中心人物になりそうだ。いつもひとりでいる地味な女子だと、周りからはそう見られている私と違って彼は何とも言えない凄いオーラを放っていて、最も関わりたくないタイプだ。そう思うと同時に嫌な予感もしていた。
 いつも冷たい目で私を見る周りの女子の目は、いつもとは違っていた。糸で繋がれたように近くの女子と離れずに騒いでいた。「うちタイプかも!」そう言う女子もいた。まぁそれもそのはずだ。髪は短く顔が整っている。それに背も高い。イケメンだ。やっぱり私とは正反対。まあだからと言って私には関係ない……はずだった。
「今日から新しくこのクラスに加わる林くんだ。じゃあ挨拶して。」
外からは彼にふさわしく太陽が降り注ぎ始めた。ダイヤモンドは輝きを増す。
「林流架です。アメリカから来ました。よろしくお願いします。」
「よろしくな。じゃあ林くんはあの席に座ってくれ。」
 アメリカから来たという言葉に一切の反応を示さない先生のその言葉を聞くとすぐ、彼は移動し始めた。クラスの女子は移動する彼を、目を輝かせながら目で追いかけていた。そのとき、私は例の嫌な予感が現実のものとなりそうで、びくびくしていた。もしそうなったら面倒くさいことになる…。私にとっては悪夢の毎日が再び始まるかもしれない。女子から更に嫌な目で見られる…。それだけは本当に避けたかった。
 私の微かな希望は打ち砕かれた。彼はこのクラスで唯一の空席に座った。そこは、私の隣。私と彼は隣の席になってしまった。私は窓側の席で隣は彼しかいない。それに一番後ろ。ひとりでいろと言われているきにもなるが、私からしたらこれ以上ないくらいの至福の席だった。それなのに…。すると、
「林流架です、よろしくね!」
彼が笑顔で話しかけてきた。
「よろしく。」
私は俯いて答えた。どうせ転校生とも仲良くなれないと思ったから。ましてや初日から人気だし…。いや、まず仲良くなる気がない。仲良くなってしまえば女子から冷たい目で見られる。そう思っていると、
「あの、名前聞いてもいい?」
唐突で思わず彼の方を見てしまった。同時にクラス全員の顔が視界に入ってしまった。だが、クラスメートはまだ彼に注目しているらしく、男子からのさげすむような視線も、女子からのつららのような視線もなかった。私は少し安心した。そしてすぐに目をそらした。そして、ただ一言。
「河合香歩です。」
すると彼はより笑顔で
「河合さんね、よろしく!」
ふと左を見ると、暖かくなったのだろう、雪がやんでいた。太陽だけが輝いていた。左右両方の太陽が私を照らす。私はかなり嫌気がさした。私に太陽は必要ない。
 いつもならすぐに過ぎ去る授業の合間、と言っても今日は教室移動がないせいで十分間ずっと教室にいなければならない魔の時間に、彼はずっと話しかけてきた。普通に授業がある日なら、授業の合間は移動でほぼ潰れるから話しかけられなくて済むのにと思った。
「ねぇ、なんて呼べばいいかな?」
「なんでもいいよ。」
「どんな本読んでるの?今度本紹介してよ。」
図々しい。ただただそう思っていた。
 
帰りだけはひとりでいられた。解放感で心が落ち着く。何ていい時間なんだろう。生徒の大半はバスや地下鉄に乗ってお喋りを楽しむ中、私は歩いて帰る。約三〇分かけて。学校を出るとすぐに桜の木が並んでいる。満開はまだまだ先だ。桜の向かいには高級住宅地が広がる。高級車が全ての家の玄関先に並ぶ。しばらく歩くと病院がある。看護師さんや患者さんがよくいるためそれなりに賑やかだ。冬は地獄となる坂を下り一〇分ほど歩けば高層マンションが見えてくる。私の家だ。私は景色に目もくれず音楽を聴きながら帰る。一年前からずっと続く私の帰りのスタイルは未だに変わっていなかった。だが、これが一ヶ月もしないうちに様相を変える。
 
この時の私はきっと想像もしなかっただろう。これから起きる自分の変化を。
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