婚約破棄するはずが、一夜を共にしたら御曹司の求愛が始まりました
 宗介は彼女の背中と紅の顔とを見比べて、もう一度深いため息を落とした。

「ごめん、紅。あいつを放っておけないから」

 そう告げると、彼女の後を追いかけていった。

 一瞬、なにが起きたのかわからなかった。宗介の言う「あいつ」が紅ではなく彼女だったという事実を受け入れるのに、時間が必要だった。

 ようやく理解すると、今度は恥ずかしくてたまらなくなった。穴があったら入りたいって、こういう心境を言うのだろう。

 どんな事情があるのかはわからないが、彼は莉子の元へ走ったのだ。

(完全にうぬぼれてた。宗くんは私といてくれるはずだって……他の女性を優先するはずなんてないって思ってた)

 紅は駅に向かい、とぼとぼと歩き始めた。今はこの街の喧噪がありがたかった。紅のみじめな気持ちをかき消してくれるから。

(彼女の言う通りじゃない。私、図々しい勘違い女だ)

 莉子は高慢で感じの悪い女だった。けれど、彼に釣り合う女だと自負できるだけのものがきっとあるのだろう。ハイブランドとかキャリアとかそんな表面的なものだけでなく、内側からあふれる自信が彼女を一層輝かせていた。
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