婚約破棄するはずが、一夜を共にしたら御曹司の求愛が始まりました
 それに比べて自分はなんなのだろう。傷つきたくないからと、自分を守ることばかり考えていた。もうご令嬢じゃないからとか、彼には釣り合わないとか、そんなのはすべて言い訳でしかない。本気でぶつかって、傷つくのが怖かっただけだ。
 それなのに、彼が注いでくれる愛情は当然のような顔で受け取っていた。与えてもらうばかりで、なにひとつ返そうともしていなかった。

 莉子の言った通り、図々しい最低の女だ。いまさらやっぱり好きだなんて、どんな顔して言えばいいのだろうか。

 宗介と莉子は恋人同士には見えなかった。宗介の態度を考えてみても、おそらくは彼女の片思いなのだろう。
 けれど、現時点ではきっと自分より彼女のほうが宗介にふさわしい。それだけは間違いないことだと紅は思った。
 
 部屋に戻った紅は、そのままどさりとベッドに倒れ込んだ。部屋を片付ける気力も、メイクを落とす気力すらもわいてこなかった。
 しんと静まり返ったひとりの部屋は寂しすぎて、海の底にぶくぶくと沈んでいくような気分だった。

(宗くん帰ってきてない……)

 そもそも今週末には彼は新居に引っ越す予定なのだ。もう二度とこの部屋にはこないかも知れない。
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