婚約破棄するはずが、一夜を共にしたら御曹司の求愛が始まりました
「で、幸せ探しの第一歩がなんで婚約破棄になるのよ? 宗介さんと結婚して幸せセレブ奥様になるんじゃダメなの?」

 玲子は理解できないと言うように首をひねる。
 ちょうど運ばれてきた焼き鳥をつまみながら紅は答えた。

「宗くんとの婚約も宮松あってこそのものだったし。これも忘れたい過去のうちなの」

 なんだか自分に言い聞かせるような台詞だった。忘れたい……と言うよりは、忘れなくてはいけないと言うほうがより正確かも知れない。

「けど正式に婚約してたんでしょ? 宗介さん側に非がないのに一方的に破棄できる?」
「この前会ったとき、私の気持ちは話してみた」
「納得してくれたの?」
「うん……多分……?」
「なんで肝心なとこ、曖昧なのよ」

 玲子は呆れて苦笑した。

 あの夜のことは、あまり考えないようにしていた。考えたくなかった。いま思い出しても、どうかしていたとしか思えないからだ。紅も……宗介もだ。
 まぁでも、宗介が出した婚約破棄の条件を紅がのんだ。それは事実だ。つまり婚約は破棄されたということなのだろう。

 紅の自宅デスクの引き出しにはまだあのふたつの指輪が眠っているけれど、それもいずれは宗介のもとに帰ることになるはずだ。

「とにかく! 私はもう身の丈にあった暮らしをするの。普通のサラリーマンとカフェやファミレスでデートしたいの」

 許嫁やらCEOやらヘイリーやら……そういう上流階級のものとはおさらばするのだ。地味でも平凡でもいい。ささやかな幸せを見つけて大事にしていきたい。
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