婚約破棄するはずが、一夜を共にしたら御曹司の求愛が始まりました
「あ、そろそろヘアメイクの時間だ。はい、とびきり綺麗にしてもらってきてね」

 スタジオの時計を見上げながら、大地はモモの背中を押した。

「うぅ……胃が痛い。なんで女優目指すなんて言っちゃったんだろ」
「そんな心配しなくても、平気だって!」
「軽いなぁ、大地くんは」
「んじゃ、とっておきのおまじないをかけてあげるよ」
「なによ、それ……」
「トンガで暮らしてたときに教わった秘術だから、効果抜群! はい、目つぶって」

 小学生じゃあるまいしバカバカしい。そう思いながらも、モモは言われた通りに目を閉じた。すると、頬になにか温かいものが触れた。モモが驚いて目を見開くと、目の前で大地がにこにこと笑っていた。

「もしかして……いま……」
「これで撮影はバッチリだね。はい、行ってらっしゃい」
「もう……」

 なんだか毒気を抜かれてしまって、文句を言う気にもなれない。覚悟を決めてメイク室に向かおうとするモモの背中に大地が声をかけた。

「モモちゃんは社長夫人になりたいの?」

 モモは振り返って彼の顔を見た。

「なりたいか、なりたくないかって言われたら……なりたい!」

 将来への不安から開放されて、優雅なセレブ奥様。なれるものなら、そりゃなりたい。
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