婚約破棄するはずが、一夜を共にしたら御曹司の求愛が始まりました
 失礼を承知で言えば、一見するとどこにでもいそうな普通のおばさんだ。ダークグレーのパンツスーツに髪はシンプルなシニヨンで、秘書という言葉から連想されるような華やかさはほとんど感じられない。
 だが、彼女は超有能なスーパー秘書だ。秘書歴ニ十年の大ベテランで、名だたる大企業の秘書室を渡り歩いてきた輝かしい経歴を持つ。宗介は彼女に秘書としては破格の年俸を支払っているが、彼女の働きぶりを考えると少しも惜しくはない。

 宗介はいわゆる社長室をもうけていない。創業時からずっと旬とデスクを並べていて、今は経営企画室と呼んでいる。ずっと旬とふたりきりだったその部屋に五年前、彼女が入ってきた。社員はみな驚いたが、彼女の経歴を見れば即座に納得した。
 そして今年、会社の操舵室とも言えるこの部屋に新メンバーが加わった。都の時とは違い、社員たちはあまり納得していないようだったが、宗介は彼におおいに期待している。

「いや~。やっぱすっげー可愛いですね、立花モモ! びびったわ」

 アルバイト気分が抜けていない……いや、そもそも抜く気もないのだろう。春日大地はゆるみきった表情を隠そうともしていない。

「ていうか、あんな美女の誘いをばっさり断るなんて……やっぱり桂木社長ってゲ……」
「春日くん。天真爛漫と無礼は似て非なるものだと思うわよ」

 都がちくりと釘を刺したが、おそらく大地にはノーダメージだろう。旬はくっくっと肩を震わせて笑いをこらえている。
 宗介は苦笑するばかりだ。礼儀知らずは教育しなければならないだろうが、なんだか彼は憎めないのだ。
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