婚約破棄するはずが、一夜を共にしたら御曹司の求愛が始まりました
婚約破棄へのステップ2
「よし、終わったぁ〜」

 溜まりに溜まっていた請求書の最後の一枚を処理し終えて、紅は座ったままう〜んと上半身を伸ばした。
 すでに主のいなくなった課長席の真上にある壁掛け時計に視線を向ける。

 時刻は午後七時半。定時を一時間半もオーバーしていた。昨今は役所でも民間同様に働き方改革が推進されていて、残業は褒められるどころかマイナス評価だ。
「その分、仕事量も減らしてくれるならいいけどよ〜」と田端はよくぼやいているが、そのあたりはきっとどこの組織も同じだろう。

 紅は一秒でも早く退勤ボタンを押そうと手早く荷物をまとめた。

「お疲れさまです。お先に失礼します」

 課内は今日は紅が最後だったが、隣の課にはまだ数人が残って仕事をしていた。紅は彼らに挨拶をしてから、部屋を後にした。

 ちょうど帰宅ラッシュの時間だ。庁舎を出ると、駅のほうへ向かい足早に歩くビジネスマン達の姿が目についた。紅もその流れに合流すべく足を踏み出そうとしたその瞬間、彼の存在に気がついた。

 周囲の人々をただの背景にしてしまう圧倒的なオーラ。ただ立っているだけなのに、映画やドラマのワンシーンを見せられているかのようだ。そこの植え込みの影から有名女優が走ってきて、彼に抱きついたとしても誰も驚かないかも知れない。
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