婚約破棄するはずが、一夜を共にしたら御曹司の求愛が始まりました
 花見シーズンほどではないが、公園はそれなりの人出だった。ジョギングしている中年男性、騒がしい学生グループ、若いカップル、ちょうど夜の散歩の時間なのか犬を連れている人も多い。

 昼間はまだまだ残暑が厳しく感じられるが、夜はさすがに秋らしくなってきた。頬を撫でる風はひんやりと冷たく、心地よいを通り越して少し寒いほどだった。朝、迷ったすえに玄関に置いてきたジャケットをやっぱり持ってくるべきだったか……と紅は後悔した。

「だいぶ涼しくなったな」

 さっと脱いだ自分の上着を、宗介は紅の肩にかけてくれる。
 こういう振る舞いを気負わず自然にできるのは、彼が紳士の国と呼ばれる英国の血を引いているからなのだろうか。

「……誰に対してもこんなふうに優しくしてると、誤解されちゃうよ?」

 王子様みたいな宗介にお姫様扱いなんてされたら、世の女性はみんな舞い上がってしまうだろう。紳士的なのはいいことだが、ある意味では罪作りだと紅は彼の周囲の女性に同情した。
 宗介は苦い表情(かお)でふっと笑う。

「誰にでも……ってことはないよ。どうでもいい相手なら、寒いから帰ろうで終わらせるよ」
「そう?」

 そんな冷たい台詞を吐く宗介は想像できなかった。

「そもそも、興味のない女性を夜の公園には誘わないしね」
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