婚約破棄するはずが、一夜を共にしたら御曹司の求愛が始まりました
「おじさんや旬や、他にも世話になった人はたくさんいるけど……そもそものきっかけは紅だったんだよ」
「えぇ〜私はなんにもしてないよ。あれよあれよと成功していく宗くんをただ見てただけで」

 申し訳なくなるほどに、助けてもらうばかりで、彼になにかをしてあげたことなんて一度もなかった。
 それなのに、宗介は違うと言う。

「俺さ、おじさんが亡くなったとき、おじさんの分まで紅を支えて守っていきたいって思ったんだ。けど、そんなのは俺の傲りだった」
「どういうこと?」
「紅は俺の手なんか借りなくても、ちゃんと自分の足で立って歩ける女だった。愚痴も泣き言も言わずに、きちんと勉強して就職して……」 
「いやいや、お金借りてるし! それに、宗くん私のお財布が寂しくなるタイミングをみはからって食事に誘ってくれてたでしょ? あれ、実はすごく助かってて」

 宗介はふっと目を細め、紅を見つめた。

「俺の事業もなかなかうまくいかない時もあったんだ。でも、紅を見てたら負けらんないなって思えた。だから……今の俺があるのは紅のおかげ。本当にありがとう」
「何もしてないと思うけど……どういたしまして」

 こうやって周囲のおかげと考える彼だからこそ成功できたのだろう。紅はそう思った。

「今夜は月が綺麗だな」
「ほんとだね」

 ふたり肩を並べて、月を見上げる。紅は昼より夜が好きだ。月明かりは穏やかで優しいから。眩しい太陽は、どうしてもあの事件を思い出してしまう。
 
 だんだんと周囲の喧騒が遠ざかっていく。世界に彼とふたりきりになってしまったかのように、しんと静かだった。

「紅」
「ん?」

 ふと気がつくと壮介の顔が目の前に迫っていた。彼の手が紅の首筋に触れる。ただそれだけで、びくりと身体が震える。あの夜から……宗介をやけに意識してしまっていることに紅は気がついていた。男性としての彼を、知ってしまったから。

「なんか、警戒してる?」

 からかうような目をして、宗介は紅を見る。その間にも彼の手は紅の顎や頬を撫でていて、紅はなんとも言えないくすぐったさを覚えた。

「し、してないよ! 別に、そんなこと」
「ダメだよ。ちゃんと警戒してないと」

 言うなり、宗介はむさぼるように紅の唇を奪った。柔らかな舌が口内を蹂躙していく。その甘い刺激に、紅は酔った。
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