婚約破棄するはずが、一夜を共にしたら御曹司の求愛が始まりました
「えっと……素敵な新居が見つかってよかったね!」
「そうだな。会社は少し遠くなるけど、このあたりは六本木より静かで環境はいいかも」
「うん!お店も多いエリアだよね」

 このあたりは和食の名店が多い。かつては、二ノ宮家の行きつけだった店もいくつかある。

「引っ越しはいつにするの?」
「今の部屋の荷物をまとめなきゃいけないから、二週間後……くらいかな」
「そっか」
「紅のおかげで助かったよ。本当にありがとう」

 二週間後には宗介は紅の部屋からいなくなってしまう。短い期間ではあったけど、「おはよう」と「おやすみ」を言う相手がいる生活にすっかり慣れてしまっていた。

「ちょっと寂しいな」

 紅は思わず本音を漏らした。初めは宗介が紅の庶民的なマンションにいることに違和感を覚えたりもしたが、彼は案外すんなりとあの部屋になじんでいた。
 自分以外の誰かの好みを考えて料理をすることも、新鮮で楽しかった。

 宗介は顔を傾けて、紅の顔をのぞきこんだ。口元は微笑んでいるけれど、目はいつになく真剣だった。

「ちょっと……だけ?」
「え?」
「俺はものすごく寂しいよ。できることなら……離れたくない」

 宗介の顔がゆっくりと近づいてくる。拒もうと思えば、きっと拒めた。だけど、できなかった。紅はそっと目を閉じて、彼の唇を受け止めた。
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