婚約破棄するはずが、一夜を共にしたら御曹司の求愛が始まりました
 彼のキスは禁断の果実だ。一度知ってしまえば、その甘さに魅了されて抗うことなどできなかった。

「ここで俺と一緒に暮らそうよ、紅」

 唇が離れた瞬間、彼はそう言った。その声は切実で、冗談なんかじゃないことは紅にもわかった。

「紅と一緒に見れないなら、こんな夜景なんの価値もない。あのキッチンも、紅が使ってくれないならなんの意味もない」
「で、でも……そんなの……」
「紅は俺が嫌い?」

 言い淀む紅を、彼は許さなかった。「答えて」と追及され、紅はとうとう観念した。

「……嫌いじゃない。でも、好きに……なりたくないの。怖い」
「どういうこと?」

 宗介は怪訝そうに眉根を寄せた。

 紅は玲子と喧嘩したときのいきさつをそのまま宗介に説明した。

「今の私と宗くんは釣り合わない。好きになってしまってから、失うのは怖い」

 宗介の眉間の皺は深くなるばかりだ。

「玲子ちゃんが怒るのもわかるな。紅らしくないよ」
「私らしいなんて言われてもわからない! 臆病者らしく堅実に生きたいの。それのなにがいけないの? セレブな上流階級はもう私には似合わないし、うんざりなの」

 八つ当たりもいいところなのは自覚していたが、紅の口は止まらなかった。
 
「大体、宗くんが結婚にこだわるのはお父さんへの義理からでしょ? 私、知ってるもん」
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