婚約破棄するはずが、一夜を共にしたら御曹司の求愛が始まりました
 紅の父親は、宗介のアプリに宮松のレシピを提供する際にひとつ条件をつけた。紅にはもちろん内緒のはずだったが、酔った父が継母に喋っているところを紅は聞いていたのだ。
 
 『もし自分になにかあっても、紅を一生守り抜き幸せにすること』

 まさか自分の死までは予期していなかっただろうが、父は宮松が危ういことは念頭にあったのだろう。彼が宗介の成功に惜しみない投資をしたのは、愛娘の将来のためだった。
 宗介が成功し二ノ宮家が没落した今となっては、彼はこの約束を無視できないのだろう。

 紅は宗介を好きにならないようにしてきたが、きっと彼は逆だ。紅を好きになろうと努力してきたのだろう。

「違う。全然違う。紅はなにもわかってない」

 絞り出すような声で宗介はうめいた。

「それじゃあ……こっち?」

 紅はブラウスのボタンをひとつずつ外していき、左の肩を露出させた。下着までも丸見えになったが、興奮状態にあったせいか気にならなかった。

 宗介は苦しそうに顔を歪める。彼の手が紅の白く華奢な肩に触れた。肩から二の腕にかけて、大きな傷跡がある。ひきつれたようなそれは、年月を経てもなお、生々しく彼女の身体に残っていた。  
 通り魔犯の少年に切りつけられた傷だ。あのとき、宗介と紅はたまたま現場に居合わせた。
 そして、紅は七人目の、最後の被害者となってしまった。紅と一緒いた宗介が犯人を取り押さえてくれたおかげで、紅は被害者のなかでは最も軽傷で済んだのだが……すぐそばにいたのに彼女を守りきれなかったことで、宗介はひどく苦しんだ。
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