婚約破棄するはずが、一夜を共にしたら御曹司の求愛が始まりました
「こんな傷ね、なんてことないよ。宮松が倒産して貧乏になったことも、全然平気。それより、そんなことで宗くんを縛りつけてることのほうがずっと苦しい……もう自由になっていいんだよ。宗くんは宗くんの人生を歩んでよ」

 紅の瞳からポロポロと大粒の涙がこぼれ、白い頬をつたっていく。

「本当に……紅はなにもわかってない」

 宗介は彼女の細い背中がきしむほどに、力強く抱きしめた。

「おじさんとの約束も、こんな傷も、なんの関係もない。俺はひとりの男として紅が欲しい。ただそれだけだ」
「なんで……私なの?」

 義理と責任からではない。彼がはっきりとそう言ってくれたことは、嬉しかった。だが、戸惑う気持ちのほうがはるかに大きい。彼ならば他にもっと素敵な女性がいるはずだ。なぜ自分にこだわるのか、紅には理解できない。

「好きなところはたくさんあるよ。たとえば、このつやつやの黒い髪とか」

 そう言って、宗介は紅の長い髪にキスを落とした。

「けど、もし紅が金髪にしたら、俺は金髪の女性が好みになるだろうし……結局は紅だから好きだとしか言えない」
「私にそんな価値があるのかな……」

 こんなふうに宗介に愛されるほどの価値が、自分にあるのだろうか。不安げな紅とは対照的に宗介は自信たっぷりの笑顔でうなずいた。

「もちろん。なにせ、この俺が惚れ抜いてる女だからね」




 

 
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