婚約破棄するはずが、一夜を共にしたら御曹司の求愛が始まりました
 終業時刻をとうに過ぎた二十時半頃、大地は疲れ切った顔で経営企画室へと帰ってきた。

「お疲れさま。どうだった? 松野課長の指導は」

 椅子の背もたれにだらんとよりかかって呆然と天井を仰いでいる彼に、宗介は声をかけた。

「どうもこうも……なんすか、あの人。なに時代の人ですか? なんて言うんだっけ、ああいうの。体操系?」

 帰国子女の大地は日本語が少し不自由だ。

「ははっ。体育会系ね」
「そうそう、それだ! 軍隊みたいなノリ。ついていけね~」
「松野さんはW大野球部のキャプテンだった人だからね」

 野球一筋十五年から、激務と名高い某キー局に就職。なにごとも努力と根性で乗り切ってきたような男だ。フリーダムな大地とはさぞ相性が悪いことだろう。

「やっぱキャンセル……とかはなしっすよね~」
「もちろん。キャンペーンが終わるまでの約束だから頑張って」
「うぇ~死ぬかも」
「松野さんは厳しいけど、学ぶところも多いよ」
「鬱病になったら、労災認定してくださいよ~」

 そんなことを言ってるが、宗介は大地の心配はしていない。彼の最強メンタルならまず大丈夫だろう。むしろ、松野のほうが心配なくらいだった。上下関係を重んじる彼にとって、大地のノリはストレスそのものだろう。

「あ、そういえば社長引っ越すそうですね」

 思い出したように大地がつぶやく。
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