失恋した日に人生最後の恋に出会いました【完】
彼は、一旦外に出て、チケットを座席指定券に引き換える。

「あの、私、映画を見るなんて一言も……」

そう言ってはみるけれど、

「帰って一人で泣く気か? 家で2時間泣いてたと思って、付き合え」

そう言って、まるで逃さないとばかりに、私の肩を抱いている。

普段なら、初対面の男性にそんなことさせないし、されようものなら、振り払ってるはずなんだけど、さっきの状況からの流れで、なんとなくそれも出来なくて、ついそのまま並んで立ってしまっている。

結局、私は、湿ったハンカチを握りしめたまま、その人の隣で映画を見る。

その映画は、前評判の通り、優しい映像で胸の奥をキュンとくすぐる。

でも……

陸とこうなりたかった。

こうなるって信じてたのに……

また、涙があふれる。

誰も泣いてない映画館で、私1人が声を殺して泣いている。

すると、隣からハンカチが差し出された。

なんで分かるの?

そう言えば、さっきも家で2時間泣いてたと思って……って言ってた。

この人、私が映画を見て泣いてたんじゃないって知ってるの?

疑問に思いながらも、私は左手でぐっしょりと湿ったハンカチを握りしめて、右手で彼の手を制す。

けれど、彼はそんなことには全くお構いなしで、私の頬にそのハンカチを押し付けてきた。

そんなことをされたら、柔らかな肌触りのそのハンカチに、涙と一緒に、崩れたファンデーションも付いてしまう。

私は、そのまま汚れたハンカチを押し返すわけにもいかず、諦めて、それを受け取った。

で、思う。

この人は、何を考えてるんだろう?

映画と関係なく泣く女の隣で映画を見て、楽しいんだろうか?

そんなことを思っていると、思考が逸れたせいか、自然と涙が止まってきた。


映画は、前評判の通り、キュンキュンするラブストーリーだった。

見終わった後も、甘酸っぱい思いで胸がいっぱいになる。

今回はダメだったけど、次はこんな恋がしたい。

そう思える映画だった。

私、やっぱりこの佐野 正直(さの まさなお)監督、好きだなぁ。

以前当たった試写会で、舞台挨拶に立つ佐野監督を見たことがあるけど、監督自身が俳優かと思うほど、すごくかっこよかった。

その時、もらったサインは今でも私の宝物だ。

うん、来週、もう一度見に来よう。

今度は自分のお金で。

もう一度、最初からちゃんとキュンキュンしたい。

自分と陸に重ねず、感情移入して感動したい。

エンドロールが流れる中、そんなことを思っていると、隣から低い囁き声が聞こえた。

「どうだった?」

「すごく良かったです。連れてきてくださってありがとうございました」

私は素直にお礼を言う。

今すぐ傷が癒えることはないけど、それでも、前を向こうとは思えるようになった。
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