失恋した日に人生最後の恋に出会いました【完】
「それなら良かった」

隣から伸びた大きな手が、私の右手をキュッと握った。

こんな風に陸と手を繋ぎたかった。

今思えば、毎週のように暗闇の映画館に一緒にいて、一度も触れないって、そういうことだったんだと分かる。

純粋にただの友達。

それに気づかなかった私がバカだったんだ。

また、あふれそうになる涙を握りしめたハンカチで拭おうとして、気づいた。

「あの、汚れてしまったので、ハンカチ代お支払いします」

知り合いなら、洗って返せばいいけど、この人は、初対面の通りすがりの人。

もう二度と会うことはない。

「くくくっ、なんでだよ。そこは普通、洗って返します。連絡先を……ってとこだろ?」

低い声で笑う。

だって……

失恋の思い出に繋がる人と、二度と会いたくない。

「あんな見る目のないやつのことは、さっさと忘れて、俺と付き合ってみないか?」

えっ?

「なんで、知ってる……?」

陸のことなんて、一言も話してないのに……

「君は、ずっとあいつのことしか見てなかったから、気づかなかっただけだよ。俺たちは、何度も会ってる。仁科 美優(にしな みゆう)さん」

「えっ!? なんで、名前……」

私が驚いた瞬間、映画も終わり、シアター内に照明が点く。

私は、初めて顔を上げて、隣の彼を見た。

「嘘……」

私は息を飲んだ。

だって、そこにいたのは、私が大好きな人物だったから。

「お? その顔は、ようやく気づいてくれたか?」

彼は、楽しそうにこちらを見ている。

「佐野……監督?」

そう、1年前に私がサインをもらった佐野 正直(さの まさなお)監督が、なぜかそこにいた。

「ここで、何度も美優を見かけてた。いつも楽しそうにあの男と映画の話をしてたな。そんな美優に1年前、俺の初監督作品を褒められてどんなに嬉しかったか、分かるか? サインくださいって言われて、どんなに舞い上がったか、お前は知らないだろう?」

そんなの、知らない。知るわけがない。
< 5 / 9 >

この作品をシェア

pagetop