失恋した日に人生最後の恋に出会いました【完】
「だから、始めるんだよ。初めから好きじゃなくてもいい。これから、時間をかけて、お互いのことを知っていこう。それで好きになってくれたら嬉しいけど、ダメならそこで終わりでもいい。ただ、俺にチャンスをくれないか?」

好きじゃなくてもいい?

ほんとに?

私が、口を開きかけたところで、声が掛かった。

「すみません。清掃作業に入りますので、そろそろ……」

ああ、そうか……

「すみません。すぐ出ます」

監督が返事をして、立ち上がる。私も慌ててバッグを手に立ち上がった。

すると、監督は当然のように私の手を握る。

まるで、逃がさないとでも言うように、しっかりと。

廊下に出て、二人並んでゆっくりと歩く。

けれど、出口の手前で足を止めた監督は言う。

「これで、終わりたくないんだ。俺と付き合ってくれないか?」

隣を見上げると、真剣な表情で私を見下ろす佐野監督と目が合った。

「でも、なんで私なんか……」

会話をしたのは、サインをもらった時だけ。

それで、どうして……

「言ったろ? 俺は、まだ下積みの頃から、この映画館に通ってる。勉強のために、毎週のように。その頃から、美優たちを見かけてた。初めは、ただの映画好きなカップルだと思ってた。でも、それが、俺と好きな映画の趣味が似てるなと思った時、気になり始めた。廊下で話してる感想も、俺がいだいてる感想と似てるって思ったら、毎回、近くで感想を聞きたくなった」

そんな些細なこと?

「俺が気になって仕方なかった女の子が、突然、サインを求めて来たんだ。舞い上がって当然だと思わないか?」

そう……だけど……

「でも、1年も前のことですよね?」

そんなに前のことで、私なんかを思い続けてくれるなんて、変じゃない?

「たかが1年だろ? 君だって、付き合ってもいない男と何年も映画に通ってたじゃないか。付き合ってなくても、消えない思いはあるんだよ」

そう……かもしれないけど……

「美優、俺たちが付き合うのに、何か問題があるか?」

そう言われると、特に問題なんてないけど……

「美優……、好きだよ」

胸の奥がキュンと音を立てた……気がした。

まるで、さっきの映画のように……

「美優……、好きなんだ」

ああ……

監督の低い声で、この言葉をささやかれると、ドキドキが止まらない。

「お友達からでも、いい……ですか?」

お友達としてなら、大丈夫な気もする。

けれど……

「いや。だったら、恋人候補でどうだろう?」

何が違うの?

私が首を傾げると、佐野監督は説明してくれる。

「俺は友達になりたいわけじゃない。友達から恋人になるのは大変だからな。だったら、最初から恋人候補として、美優に値踏みされてる方がいい」

「値踏みって……」

確かに、私と陸は友達だったけど、恋人にはなれなかった。

友達と恋人は違うんだ。
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