梅雨が始まるまでに
冬
外の空気はとても冷たくて吐く息は白い。隣に座るこの人はまだ出会って数時間しか経っていないというのに随分と親しげに話をしてくる。
「どうしたの?そんなに悲しそうな顔して」
「あれ、そんな顔してたかな?ちょっと考え事していただけだよ」
いつも通りを装ってヘラっと笑う。
また感情がそのまま顔に出てしまっていたのだろう。
良くないことを考えているときに顔に感情が出るのは相手を不快にしかさせない。
こんなところも、嫌いだ。
そしてまた今度も相手に流されながら一緒にご飯を食べて家に行き、一夜を過ごす。
はたから見れば仲のいい恋人そのものなのに。
「電車の時間があるからもう行くね」
まだベットの上から起き上がることもしていない私に向かってそう告げた。
行って欲しくない。私を1人にしないで、寂しいよ。
そう心で言い続けても相手には届かない。
その代わりに何も言わずに彼に抱きついた。
そんな私の頭を優しくなでるのはきっとそうするのがいいと知っているから。
私だからではないし、彼女でもない。
ただそうすることで私の気持ちが良くなるのを知っているから。
ただそれだけの理由しかない。
特別なんて思うわけにはいかない。
そんなこと思ったら自分が惨めになるだけだ。
「またどこか遊びに行こうね。今日も頑張るんだよ」
優しい言葉を残し、体を離して玄関に向かっていく。その人の後ろ姿を見る。
「ありがとう。またね」
見送りさえしない私に何一つ不満を漏らさずに笑顔で出ていく。
扉が閉まって部屋に一人だと感じた瞬間にまただと嘆く。
誰といてもいくら笑っていても消えない喪失感と虚無感。
あの人は一度も好きとは言ってくれなかった。
気持ちが空っぽな関係とはなんて悲しく惨めなのだろう。
やっぱり私はこんな自分が嫌いだ。
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