君といた夏を忘れない〜冷徹専務の溺愛〜

 秘書室戻り頭を抱える。引き継ぎ資料にざっと目を通したが、明日からでも対応出来そうなほど完璧な仕上がりで慄いた。流石は中川秘書課長!

 思い出すのは倒れた日のことだ。結局何故専務が病室にいたのかわからないまま。ただでさえ、専務に疾患があることがバレて、いつクビになるかヒヤヒヤしているのに。担当秘書だなんて!

「久しぶりに出勤してきたと思ったら何悩んでるのよ」

 その声にはっと顔をあげると、麻紀がコーヒーを持ってきてくれていた。一つを私の机上に置くと、私の横の席に座り優雅に自分のコーヒーを飲み始めた。どうやら私の話を聞いてくれるつもりのようだ。

 幸い他の秘書課の皆さんが離席しているので、秘書室は私達だけ。突然の辞令に混乱していた私は、麻紀に相談したのだった。

***

「ふ~ん」
「ふ~んじゃないよ、麻紀! 私会社をクビになる大ピンチなのよ?」

 麻紀は私が倒れてからの一連の流れを聞いても、そう驚かなかった。

「大丈夫じゃない? 一度専務からクビにはしないって言ってもらったんでしょ? だったら男に二言はないわよ~。っていうかそれより」
「それより?」
「他の女子社員に刺されないように注意しないとね~。専務が帰国してみんな化粧に気合入りまくってるし。いきなり女子社員が秘書に抜擢されたって聞いたら、妬まれちゃうかも!」
「ひぇ……」

 確かに化粧室でも食堂でも、話題は専務のことばかり。私に微笑んでくれた! とか、うちの部署に差し入れが! とか、皆さんが楽しそうなのは耳に入ってきていた。

「まぁ専務がきっと守ってくださるでしょ! 楓が倒れた日も、楓指名でコーヒー頼んでたし、楓のことが……好みなのかも!」
「なっ! そんなわけないでしょ! もう面白がらないで! こっちは真剣に相談してるのに」
「ふふっ。まぁ私の勘だけど、大丈夫よ。もし万が一解雇されたら、うちの旅館(じっか)で雇ってあげる」
「麻紀~」

 麻紀がどこまでも自信満々に「大丈夫」と言うので、私はいつのまにか専務の秘書になることに腹を括っていたのだった。
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