君といた夏を忘れない〜冷徹専務の溺愛〜

 頭を押さえて座り込む私の背中を、いつの間に起きたのか専務が「大丈夫か?!」と摩ってくれていた。本物の専務を見て、少しずつ頭痛が落ち着いていく。

「……大丈夫です……」
「大丈夫じゃなさそうだ。すまない。また無理をさせただろうか」
「……いえ……」

 さっき頭の中に流れた映像では、専務のことを名前で呼んでいた。あれは、記憶、なんだろうか。
 私、もしかして、この部屋に来たことがあるの?

「何か、思い出したのか?」
「……あ、あの……」

「楓?」

 甘い、とっても甘い声だった。

 私の名前を呼ぶ専務。そんな顔、初めて見たはずなのに、ずっと会いたかったような、懐かしいような、胸の奥がぎゅっとして苦しくなる。

「楓がここに来るのは、初めてじゃない」
「え……」

 じゃあやっぱり、あの記憶は……。
 いやいや、ありえない。私と専務は10歳も年の差があるし、御曹司と平社員だし、まさか。

「お前に会うために日本に戻ったと言ったら、迷惑だろうか。」
「……え?」
「……すまない。困らせるつもりはないんだ。楓は2年も大変な思いをしていて、俺は何も知らずに何の力にもなれなかった」

 背中を支えてくれていた専務は、いつの間にかそのまま私を抱き締めていた。さっきまで眠っていたせいか、ちょっと高い体温。それを心地良く感じる自分に驚く。

「だから、これからはお前の側にいたい」
「せ、専務……」
「ずっと好きだった。忘れたことはない。いつか、楓が俺の気持ちに応えてくれたら、それほど嬉しいことはない。だから」

 少しだけ腕を緩めて、私の顔を覗き込むその顔は、とても真剣で。

「俺のことを、見てほしい」


『相沢、好きだ』
『俺のことを、見てほしい』


「遼一さん……」

 頭の中に流れ込んできた記憶を辿ると、自然と口から専務の名前が出ていた。

「か、楓?!」
「違うんですっ! そう呼んでいた気がして……すみません……よく、思い出せなくて……」
「そうか……いや、無理しなくていい。思い出せなくても、いい。これから少しずつ、俺のことを見てほしい」

 専務は少し残念そうにしながら、私にはリビングのソファで休むよう指示し、出社の準備を整えにいった。言われるがままソファに座り、思考を巡らせる。

(私はここに来たことがあって、専務とは下の名前で呼び合う仲だったということ?)

 それは、つまり……。
 10歳も年下の私。見た目も何もかも不釣り合いな私が、専務と? 信じられない。

──でも、『ずっと好きだった』と言う、専務の甘い顔が、頭から離れなかった。
< 17 / 30 >

この作品をシェア

pagetop