君といた夏を忘れない〜冷徹専務の溺愛〜

***

 出張当日。新幹線の座席は専務の隣。役員はグリーン車に乗れるのだが、私の隣に座る為、専務も普通車に乗車している。
 平日の早朝だからか、車内はあまり混んでいない。

「お前は窓側に座れ。」
「いえ、専務が……」
「いいから早く座れ。」

 私を窓側に座らせた専務は、満足気に通路側の席に座る。そして、途中やってきた車内販売で、アイスを購入した。
 冷たくてカチカチのバニラアイス。とても美味しいので私の好物だが、今は真冬なのでちょっと寒そう。新幹線でアイスなんて、専務も可愛いところがあるのね、と思っていた矢先。

「ん。お前にやる。」

 購入してそのまま、専務は私にアイスを差し出した。

「えっ、ありがとうございます!私これ大好きなんです!」

 専務は喜ぶ私を微笑んで見ている。その顔を見て、私がこのアイスを好きなことを、知っていた(・・・・・)のだと気付いた。

 ここ数日、専務と過ごす中で、彼が私のことを知っていると感じることが多々あった。
 食事やスイーツの好み、好きな色、好きな音楽。私が過ごしやすいようにさりげなく私好みの食事を取れる店へエスコートされ、美味しいもので懐柔されている気がしている。
 
 しかも、その度こうして優しい眼差しで見つめてくるのだ。私は美味しいと喜びながらも、その視線に戸惑う。だって相手は雑誌に載る程の超絶イケメンなのだ。自分の格好良さを自覚してほしい!無闇に見つめないでください!

 その後も専務による攻撃は続く。
 アイスで冷えた身体を温めようとご自分のコートを掛けてくれたり、新幹線を降りた後も荷物を持ってくれたり、秘書は私なのに、エスコートされてばかりだった。ホテルに着く頃には、私は気疲れでヘトヘトになってしまった。

 駅から乗ったタクシーを降りると、京都の情景に馴染んだ、趣のあるデザインの建物に迎えられた。リニューアルが完了したこのホテルは、有名建築家が手がけているだけあって、「和」をテーマにしつつも洗練されたお洒落さを感じ取ることができる。これなら、インバウンドは勿論、老若男女問わず興味を持っていただけるに違いない。

「外観から素敵ですね」
「国外からも沢山お客様が訪れる京都だからな。世界に誇れるものを作った。」

 帰国前から、このホテルのリニューアル事業を手掛けていたそうだ。海外勤務で培った人脈やノウハウを最大限利用して力を注がれていたと、中川課長から聞いている。『氷の御曹司』なんて呼ばれているけれど、熱い気持ちを持って仕事に取り組む専務を間近で見てきた。
 実際のホテルを前に、足早になる専務。さっきまでの甘い空気とは一変して、仕事モードの専務の横顔に、思わず見惚れてしまう。

 エントランスに入ると暖かい空気にほっとした。京都の冬もよく冷える。
 私達の到着を待ち構えていた支配人が、早速専務を宿泊部屋に案内してくれた。専務の指示通り、私たちの部屋は隣同士だ。支配人に変に勘繰られないかヒヤヒヤしたが、流石サービス業のプロ。特に詮索されることも、疑惑の目線を感じることさえなかった。
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