君といた夏を忘れない〜冷徹専務の溺愛〜
「っ!!はぁ、はぁ、はぁっ!!」

 飛び起きた。汗をかく季節じゃないのに、冷や汗で湿った身体が気持ち悪い。

 乱れた呼吸をなんとか整えながら時計を見る。
 午前4時。寒さが厳しいこの季節、まだ外は暗い。ぶるぶると身震いをして、しっかり布団を被り直す。明日も仕事なのだから、もう一度寝なくては。

(また、あの夢だったな……)

 さっきまで真夏の夢を見ていた。
 急いで走っている夢だ。何処かに向かう為に、歩道橋に駆け上り、反対側の階段を降りる途中に視界が逆さまになる。
 そこでいつも目が覚めるのだ。この2年、何度も何度も見る夢。

 あれはきっと記憶。
 だけど私は、それがいつのことか、何故あんなにも急いでいるのか、分からない。
 誰かに会いに行こうとしているのに、それが誰なのか分からない。

覚えていないのだ。


***


「記憶が混乱している可能性があります。」

 2年前の夏。
私は歩道橋の階段から転落した。

 目が覚めるとそこは病院で、頭にぐるぐると包帯が巻いてあり、ひどい頭痛がした。
 転落時のことは全く覚えておらず、頭や身体に外傷もある為、しばらく入院することになった。

(この芸人さん、知らない人だなぁ)

 病室のテレビで流れてくるのは見知らぬバラエティ。見知らぬ芸能人も多い。さらには、毎週見ていたはずのドラマが放送されず、違和感を感じた。
 確信したのは翌朝の新聞を見た時だった。日付には違和感がないが、記憶と一年の差があるのだ。

(あれ?……今、西暦何年だった?)

 突然未来にやってきたような混乱に陥り、それを主治医に相談したところ、隈なく検査することになった。

 そして、外傷による健忘症、すなわち『記憶喪失』であると診断されてしまったのだった。
 夏生まれの私は、24歳になったばかりだと思っていたら、25歳だと言われた。転落前の1年間の記憶が抜け落ちていたのだ。

 というわけで、私、相沢楓(あいざわかえで)には、3年前から2年前までの、1年間の記憶がない。
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